オルトランはなぜ抵抗性がつきにくいか
農薬ガイドNo.100/E(2001.10.31) - 発行 アリスタ ライフサイエンス株式会社 筆者:下松 明雄
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 まえがき

 オルトラン(Acephate)が使用されてからほぼ30年が経つ。オルトランは害虫体内では容易に活性化されて殺虫効力を発現し、人畜では速やかに解毒排泄される理想的な殺虫剤といわれている。水溶性の化合物なので体脂肪中の蓄積もなく、また分解物はすべて排泄されるか生体成分に組み込まれるので安全性の極めて高い薬剤である。魚類、鳥類に対してもその毒性は経口、経皮共に低く、環境に与える影響も少ない。
 この植物浸透移行性の有機リン殺虫剤は世界中で多くの種類の作物害虫防除に役立ってきた。その間、どの薬剤にも認められることながら、連続使用による効果の低下が指摘されている害虫もある。また、オルトランは有機リン殺虫剤でアセチルコリンエステラーゼ(AChE)阻害剤であり、同じ作用機構をもつカーバメート剤を加えると世界中の全殺虫剤の使用量の60%以上にもなる。したがって、その普及性から常に交差抵抗性の試験研究の対象になっている。しかしながら、日本ばかりでなく、世界中のオルトランの使用状況、使用量からみても、他剤と比較して抵抗性の出現頻度は極めて少ないように思われる。その原因を文献書物を参考に推論を試みた。

 殺虫剤抵抗性とは

 ある殺虫剤に最初から効力のない害虫の種類は数多くあるが、なぜ効力がないのかの究明は通常はなされていない。薬剤の発売前から同種の害虫の中で系統間の感受性の相異が顕著であれば交差抵抗性の疑いをもって研究されるが、通常は殺虫剤の頻繁な使用により淘汰選抜されて感受性の異なる系統が出現したものを殺虫剤抵抗性としている。

 抵抗性の要因は

 殺虫剤が害虫に作用する過程を基に考えると、抵抗性の原因には次のようなものがある。

(1)虫体との接触

 屋内の天井や壁に残効の長い殺虫剤を残留噴霧して防除する方法を続けると天井に係留する習性のイエバエが床を這い回る系統に変わったり、また毒餌剤で淘汰されたイエバエが吸餌忌避する例が知られているが、オルトランでは害虫の行動様式が変わるような抵抗性系統の出現は報告されていない。

(2)虫体内への透過、吸収、移行、蓄積

 昆虫の皮膚はワックス層で覆われたキチン質なので透過性は薬剤の親油性によりかなり異なる。オルトランはオキソ型(P=O)のリン剤で親水性であり本来昆虫の皮膚抵抗性が大きいので経皮より経口の方が効力は高い。 皮膚透過性の低下や遅延、また、虫体内の脂肪に蓄積、不活性化が抵抗性の一要因になっているがオルトランについての報告はない。親水性のため作用点に到達する過程で有利、不利はあるが、これらの原因がオルトランの抵抗性に大きく関与することはないものと思われる。

CH3CONH(CH3O)P(O)-SCH3
Acephate
H2N(CH3O)P(O)-SCH3
Methamidophos
Fig.1 Chemical Structure

(3)体内での代謝(分解、排泄)

 殺虫剤の分解解毒は抵抗性の重要な因子であり、その機構にはいくつかある。

 a) 加水分解
 リン酸エステルは昆虫にも存在しているある種のエステラーゼで加水分解される。オルトランの切断部位はP(O)-S-CH3と推測されるが実際des-S-methylacephateはメインの代謝物として検出されず、des-O-methylacephateがメインの解毒代謝物である。いくつかの殺虫剤に対する抵抗性の原因がこれらのエステラーゼ活性の上昇とされているが、オルトランが関連している報告はない。
 カルボキシエステルやカルボキシアミド結合をもつ殺虫剤はエステラーゼ、アミダーゼによって加水分解され無毒になるが、これらの酵素の活性が高まることが抵抗性の原因になると報告されている。オルトランはカルボキシアミドの加水分解で活性化されmethamidophosになるので抵抗性の原因になり難い。しかし、加水分解酵素の阻害剤であるDEF(S,S,S-tributyl phosphate)を抵抗性の系統に投与したあとオルトランおよびmethamidophosを処理すると両剤とも殺虫活性が高くなったとの報告もあり、この点まだ明確になってはいない。

 b) 酸化
 薬物代謝酵素としてmfo(ミクロソーム酸化酵素・チトクロームP450酸化酵素)は薬剤の分解解毒に、また殺虫剤抵抗性の原因としても重要な役割を果たしている。昆虫では脂肪体、マルピギー氏管、中腸で酵素活性が強い。有機リン剤ではP(S)型が酸化されてP(O)に、-S- や -N(CH3)2が酸化されてスルホンやNオキサイドに活性化される例が知られているが、芳香族環やアルキル基の水酸化、O- やN- の脱アルキル化など無毒化の反応が高まり抵抗性原因となる例も多い。オルトランの化学構造にはmfoにより分解解毒されるターゲットが存在しないためかmfoによる分解が認められない報告があり、したがって、酸化酵素の活性増強で抵抗性あるいは交差抵抗性が発現することはないと推定される。

 c) 転移
 有機リン酸エステルの分解にグルタチオンS-トランスフェラーゼによる反応機構があり、人畜毒性の強弱に大きく関与している。還元型のグルタチオン(GSH)に転移させる下記の反応である。

(CH3 O)2P(X)-R + GSH

(CH3 O)HOP(X)-R + GS-CH3

 昆虫ではこの酵素活性は弱いとされているが、この酵素活性の増加が抵抗性の主因になっている報告がある。しかし、基質特異性が高く、交差抵抗性の主因にはなり難いと思われている。この酵素によるオルトランの分解は昆虫では見られず、抵抗性の原因となる可能性はない。

 d) その他の分解解毒
 抵抗性の原因として知られている分解解毒反応には脱ハロゲン化、エポキシ化、脱離などがあるが、オルトランの化学構造からみて全く関係がない。また、オルトランはmethamidophosやその代謝物を含めて極性が高く、抱合化合物(グルコシド類)も検出されていない。

(4)作用点(ターゲット・サイト)

 オルトランはmethamidophosのプロドラッグ(修飾薬物)といわれている。
 虫体内でオルトランが受ける反応は加水分解であり一部は活性代謝物であるmethamidophosになるが、in vitroでのAChE阻害活性はmethamidophosでも高くはない。In vivoでの両剤のAChE阻害の強さから活性代謝物の存在が示唆されており、筆者も支持しているが、不安定な物質が予測されまだ確認されていない。
 AChEの性質の変化は有機リン剤、カーバメート剤の抵抗性機構のなかでも重要な役割を果たしており、この酵素の薬剤感受性低下による抵抗性は30種以上の害虫で知られている。有機リン剤が使用され始めた頃はハダニ類に対しても特効薬であったが、AChEの変異型の出現で多くの有機リン剤の効果が認められなくなっている。有機リン剤として後発のオルトランはハダニに対する適用はない。変異型酵素の出現は交差抵抗性に大きな影響を与えている。しかしながら、アブラムシ(Nasonovia ribisnigri)の防除に頻繁に使われていたピリミカーブの抵抗性はAChEの変異型の出現が原因であるが、オルトランやパラオキソンとは交差抵抗性を示さないとの最近の報告がある。オルトランは有機リン殺虫剤の中で特異的な構造をもち、類縁化合物がmethamidophosだけなので、作用点が原因でも比較的交差抵抗性の関係が薄い薬剤と推察している。

 おわりに

 薬剤の殺虫力は体内への浸透、活性化、分解解毒、作用点到達を経て総合的な結果として発揮されるので、抵抗性の程度を単一の原因で論じるのはあまり意味がないことであろう。ある過程で効力が減じても、別の過程で効力が増せば効力の差はなくなり、わずかな効力の減少でもいくつかの原因の積み重ねで大きな効力差になる。抵抗性遺伝子による効果は相乗的であるといわれている。A因子により3倍の抵抗力が与えられ、B因子で10倍の抵抗力となると、その組み合わせで30倍の抵抗性系統が出現し、圃場での防除が困難になる。
 いままで述べてきたように、オルトランは抵抗性系統を淘汰選抜するには不適当と思われる化学的生物的特性(親水性と浸透移行性など)をもち、種々の分解解毒反応のターゲットが少ないシンプルな化学構造式をもつので、遺伝的に抵抗性因子を発現する機会が他剤より少ない。したがって圃場での長年の使用でも抵抗性を容易に発達させない、また交差抵抗性を示さない薬剤であると思われる。
 この私見に対して諸兄のご意見、ご批判を頂ければ幸いである。 
 (アリスタライフサイエンス(株)技術顧問)


▲最近再登場したアブラナ科野菜の害虫ハイマダラノメイガ(左から:成虫、幼虫、被害)

(アリスタライフサイエンス(株) 技術顧問)
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