オルトラン水和剤長生きの秘密
農薬ガイドNo.101/A(2002.4.20) - 発行 アリスタ ライフサイエンス株式会社 筆者:高木 一夫
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 はじめに

 殺虫剤の効果はよく知られているように接触毒性・食毒性という二つの経路で発現する。薬剤の効果試験でも散布された薬剤の植物体での動きが問題である。処理された薬剤はそれぞれの薬剤の特性によって植物体に様々な分布をする。接触毒による効果は散布した時と植物体表面や土壌粒子表面に残った薬剤が害虫の体表から取り込まれて発生する。食毒による効果は薬剤の植物体での分布と害虫の摂食部位や方法の組み合わせによって複雑に発現する。害虫が植物体をすべて咀嚼し体内に取り込む場合と、植物の組織に口器を挿入して摂食する場合がある。咀嚼でも吸汁の場合でも殺虫剤がどの組織に存在するか明らかであれば効果の発現が予測できる。
 植物体は主として葉、茎、根などの部分から構成され、それぞれの部分には表皮細胞、柔細胞、維管束(導管・篩管)木質部のような組織がある。散布薬剤は表皮細胞に吸着されるものから、浸透して柔細胞に入るもの、維管束に入って植物全体に拡散する場合がある。土壌処理された薬剤は根から吸収され、表皮細胞にとどまるもの、維管束に入り導管を通って地上にまで到達するものなど様々な経路を持っている。
 オルトラン剤に関しては、井上平氏がジャガイモ・ダイズ・キャベツ・ツツジなどの害虫に適用して高い効果を確認し、土壌施薬が有効であることも明らかにした3)。また、行徳裕氏・古橋嘉一氏はミカンハダニやカイガラムシの防除にオルトラン水和剤とピレスロイド剤の混合散布が有効性を高めることに着目した1,2)
 最近問題とされる難防除害虫はいずれも小型であり、その摂食部位や方法もさまざまである。果樹や野菜での長期の使用実績は、このような害虫に対するオルトランのどのような特性が発揮されているのだろうか?
 またそのような特性が害虫だけでなく、天敵に対してどんな影響があるかを考えた。

 オルトラン水和剤の特性

 よく知られているようにオルトラン水和剤は1973年にアメリカのシェブロン社が創製した特別な有機リン剤の一種である。下松明雄氏によれば、この薬剤は水に対する溶解度が他の有機リン剤に比べて特段に高い(65g/100ml)という特徴がある。
 茎葉に散布された薬剤は浸透して葉の表裏で吸汁、食害している害虫を殺し、新しい組織が形成されている部分に徐々に移行拡散していく。また、通常の浸透移行性薬剤が到達できない表皮細胞にも表面からワックス層を通過して取り込まれる。この浸透性のために、雨による葉の表面からの流失、太陽光による分解が少なく、また散布液量の多少による防除効果のふれも小さく、残効が長い。
 土壌施用の場合も粒剤から有効成分が水分によってゆっくりと溶け出し根から吸収される。したがって安定した防除効果と長い残効性が期待できる。またこの施用方法では天敵など有用昆虫に対する悪影響は大きく軽減されることが期待される。
 アブラムシ類、コナジラミ類、アザミウマ類、モンシロチョウ、その他のりん翅目幼虫に対する効果は過去の実績が証明している。数ある有機リン剤の中でこの薬剤が長寿を保っている理由は何であろうか? 2種の害虫に対する特別な作用性をからその特性が理解できるのではないだろうか?

 チャノキイロアザミウマの特効薬

 私はチャノキイロアザミウマの特効薬としてのオルトラン水和剤を1976年に初めてチャの圃場試験で経験した。そのころはチャノキイロアザミウマの発芽時期での加害の重要性に誰も気が付いていない時代であった。二番茶の発芽時期である6月4日にやぶきた成木園に散布したこの薬剤の効果は一目瞭然であった。私はチャ害虫天敵を吸引粘着トラップで2日毎にモニタリングしていたので明確な記録を残すことが出来た。古い記録であるがそのデ-タを第1図に示した。

▲第1図 茶園でのオルトラン水和剤の効果

 このような顕著な効果の原因は何であろうか。チャノキイロアザミウマが他のアザミウマ類と異なる特徴は非常に小型(7~8㎜)であり、口針が短く、10μm以下であることがすべての基になる。チャノキイロアザミウマは吸汁するために表皮細胞の表面に直径0.5mmの小孔を形成するが、この孔は表皮細胞に限られ、それ以下の細胞には達していない(写真1)。

▲写真1 チャノキイロアザミウマの食害痕

 チャノキイロアザミウマの成虫・幼虫はすべて腹部が黄色く、葉緑素の存在が認められない。これに反してミナミキイロアザミウマやミカンキイロアザミウマの成虫・幼虫の腹部には常に緑色の餌が透視できる。したがって、チャノキイロアザミウマの食物は表皮細胞の内容物だけであり、老化して内容物の少ない成葉や果皮を避け、柔らかな組織増殖部を加害する習性があると思われる。
 走査電子顕微鏡で計測した結果、10頭の幼虫が3日間で1㎝当り53万個の穴をあけたことが判明した。他の種類のアザミウマ(Taeniothrips laricivorus)でも1頭が8時間で3万個の細胞を破壊したことが記録されている。このように食物が表皮細胞に限られるためにチャノキイロアザミウマは広い面積から食物を取ることが必要で、低密度にもかかわらず、大きな被害をもたらす。チャノキイロアザミウマに対して残効性を期待できる殺虫剤は表皮細胞の中に浸透することが必須条件なのである。

 ミカンハモグリガの餌は何か?

 ミカンの若葉の表面にひらがなを書いたようにトンネルを作るミカンハモグリガは別名エカキムシと呼ばれている。
 一般にハモグリガの幼虫は葉肉を餌としているが、このハモグリガでは様子が異なっている。幼虫の頭部を観察するとその口器は極端に薄くなっている(写真2)。また、食害痕を顕微鏡で見ると見事な箱形の食害痕を残している(写真3)。これは葉の表皮細胞の片割れであり、このハモグリガが葉肉ではなく、表皮細胞の内容物だけを餌にする特別な昆虫であることを示している。それにしても厚さ10μm程度の細胞壁を素早く切り裂いてゆく口器の使い方は構造と機能の見事な調和というべきであろう(写真4)。
 この部分にオルトラン水和剤が存在するため幼虫に対する効果はチャノキイロアザミウマと同様安定している。ただし、成虫に対しては効果が無いので実用的にはそれほど評価されないのである。

▲写真2 ミカンハモグリガの口器(左)、ミカンハモグリガによって切り裂かれた表皮細胞(右)

▲写真3 ミカンハモグリガ大腮の歯

▲写真4 表皮細胞の構造(1目盛りは10μm)

 オルトラン水和剤の残効性は表皮細胞浸透性にある!!

 このようにチャ・カンキツ・ブドウ・カキなどの主要害虫であるチャノキイロアザミウマに対して食毒効果を発揮できる点がオルトラン水和剤の最大の特徴であり、他の薬剤の及ばないところである。
 野菜害虫に対する効果についても、柔組織や維管束に取り込まれた薬剤は分解が早いが、表皮細胞に浸透した薬剤は分解が遅いと考えられる。定着性のアブラムシやコナジラミなどは接触毒性と維管束からの一時的な摂食毒で100%の死虫率が得られるので問題はない。残効的な食毒に頼る必要のあるりん翅目幼虫については葉全体を餌とする種類については効果が高く、特に表皮細胞を好んで餌とするモンシロチョウのようなものには効果が高い。逆に、表皮細胞を食べ残すコナガ幼虫・キンモンホソガ・モモハモグリガなどには残効性が短く効果が低い。ハモグリバエ幼虫に対しては表皮細胞まで食害する種類には効果が高いが、表皮細胞を食べ残す種類に対してははやや効果が低い(写真4)。

 在来天敵に対するオルトランの影響は?

 オルトラン水和剤は室内試験では意外に毒性が発揮される。野外試験ではどんな結果になるだろうか?。大豆害虫の天敵を対象として野外試験をした。
 6月中旬に定植した圃場(3a)の2ヵ所に0.6㎜目のスクリーンを高さ1.5mまで張り、それぞれの中央に吸引粘着トラップを配置し、試験薬剤散布区・薬剤無散布区・標準薬剤散布区(強力な天敵活動阻害作用がある薬剤)の3試験区を設けた。7月20日にフタスジヒメハムシ、ダイズサヤタマバエの防除を想定して試験薬剤(オルトラン水和剤1,000倍)を散布した。標準薬剤としてエトフェンプロックス乳剤1,000倍+メソミル水和剤1,000倍+ピリダベンフロアブル1,000倍を散布した。
 試験区毎に天敵の活動状況を確認するため、薬剤処理前から7日毎のモニタリングを継続した。薬剤散布後直後からは24時間ごとのモニタ-を14日間継続した。同時に、ハダニとその天敵をモニターするために7日毎に100小葉をサンプリングし、実体顕微鏡下で各種害虫・天敵の生息数を精密調査した。
 その結果、 寄生性天敵キイロタマゴバチに対する捕虫数で見た影響は無処理区に比較して30%以下であり影響は少なかった。24時間毎のデ-タでは7~8日目には影響が少なくなっていることを示している(第2,3図)。
 捕食性天敵ヒメハナカメムシ類に対する影響は対照薬剤とほぼ同等の強い影響が2週間目まで見られたが、3週間目には影響が見られなくなった。24時間毎のデ-タでは7~8日目には無散布区と同程度の活動が見られる(第4,5図)。
 ハダニ捕食性天敵のカブリダニ類に対する影響は明らかに2週間目まで見られた。対照薬剤区では3週間目にも影響が強く残った。
 以上の結果は室内試験で強い影響が認められる薬剤でも、野外圃場ではその影響が弱められることを示している。特にオルトラン水和剤では植物表面からの水による流失が影響期間の短縮の主因と考えた。もちろん薬剤散布の影響は周辺植生と強いつながりがあり、どんな薬剤も広域圃場での全面的な使用は在来天敵に強い影響を与えることはいうまでもない。

 

▲第2図 薬剤処理後7日毎のキイロタマゴバチ類捕虫数

▲第3図 オルトラン水和剤処理後24時間毎のキイロタマゴバチ類捕虫数

▲第4図 薬剤処理後7日毎のヒメハナカメムシ類捕虫数

▲第5図 オルトラン水和剤処理後24時間毎のヒメハナカメムシ類捕虫数

(日本植物防疫協会研究所技術顧問)

参考文献

1.合成ピレスロイド剤へのオルトラン水和剤混用によるヤノネカイガラムシ防除効果の増大、 古橋嘉一、 関東東山病害虫研究会年報、 38:239-240 1991  
2.オルトラン水和剤混用によるリサージェンスの回避、 行徳 裕、 農薬ガイド 60:1-4 1991
3.アブラナ科野菜害虫防除とオルトラン剤(Ⅱ)、 井上 平、 農薬ガイド 57:18-19 1990
4.浸透移行性有機リン殺虫剤「オルトラン」、下松 明雄、 農薬ガイド93: 1999

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