促成栽培ナスにおけるタイリクヒメハナカメムシを利用したアザミウマ類の防除
農薬ガイドNo.101/C(2002.4.20) - 発行 アリスタ ライフサイエンス株式会社 筆者:高井 幹夫
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 はじめに

 施設栽培ナスにおける最も重要な害虫はミナミキイロアザミウマをはじめとするアザミウマ類である。中でもミナミキイロアザミウマは栽培期間を通じて発生するだけでなく、その被害の大きさ、防除回数の多さは主要害虫の中でも群を抜いている。したがって、アザミウマ類防除に天敵が使用できなければ施設栽培ナスで天敵を組み入れた総合的な防除体系は成り立たないといても過言ではない。
 在来ヒメハナカメムシ類はアザミウマ類の重要な天敵であるが、いずれも大なり小なり短日、低温条件下で生殖休眠する。しかし、これらヒメカメムシ類の中でも西南暖地に広く分布するタイリクヒメハナカメムシは比較的生殖休眠しにくく、施設栽培での利用に最も適しているのではないかと考え、1995年からタイリクヒメハナカメムシの生殖休眠、施設ナスでの発生推移、アザミウマ類に対する密度抑制効果等を検討してきた。ここでは、それらの結果を基にタイリクヒメハナカメムシの促成栽培ナスでの利用について紹介する。

1.タイリクヒメハナカメムシの放飼時期と密度抑制効果

日長条件
温度条件
供試雌数
産卵雌数
産卵雌率
調査日数
10L~14D
20(℃)
18
3
16.7(%)
20
11L~13D
20
20
2
10.0
30
12L~12D
20
20
17
85.0
30
12.5L~11.5D
20
21
17
81.0
30
13L~11D
20
22
21
95.5
30

▲第1表 タイリクヒメハナカメムシの生殖休眠に及ぼす日長の影響

 野生のタイリクヒメハナカメムシは、ナミヒメハナカメムシなどに比べて生殖休眠をしにくいとはいえ、日長時間が11時間以下では大半が生殖休眠をする(第1表)。第1表の結果から、仮に生殖休眠を誘起する臨界日長を11.5時間とすると、日長時間が11.5時間を切り始める時期から11.5時間以上になり始める時期までの間はタイリクヒメハナカメムシの増殖が低下すると考えられた。

▲第1図 高知市における日長時間(日の出~日の入り)の推移(理科年表、1983より作図)

 高知市を例にとると、日の出から日の入りまでの時間が11.5時間以下になり始める時期は10月中旬であり、それ以上になり始める時期は翌年3月初めである(第1図)。ただし、昆虫類が反応する日長時間としては、日の出前と日の入り後の薄明時間各30分、合計1時間を考慮するのが一般的である。そうすると、日長時間が10.5時間以下になり始める時期は11月中旬、それ以上になり始める時期は2月初めであり、11月中旬から翌年1月末まで以外であれば、生殖休眠をすることなく繁殖すると考えられた。ただし、日長が徐々に短くなる秋期に成虫を放飼した場合、放飼後1~2世代は経過しても、その後の世代は12~1月にかけて休眠すると考えられた。一方、翌年の放飼時期の目安は2月初めになるが、日長に反応するのは幼虫期後半と言われていること、さらに放飼成虫の生存期間、卵期間等を考慮すると1月初めから放飼しても、次世代以降生殖休眠することなく繁殖する可能性が高いと考えられた。
 以上のことから、タイリクヒメハナカメムシ成虫を10月上旬と12月31日に放飼し、その後のタイリクヒメハナカメムシとアザミウマ類の発生経過を調べた。

▲第2図 促成栽培ナスにおけるタイリクヒメハナカメムシの発生推移

(注)
1.▼印はタイリクヒメハナカメムシの放飼を示す。放飼密度は1回目が成虫2頭/株、2回目が成虫3頭/株。▽印は総合防除区における薬剤散布を示す。
2.ハウスの最低夜温は13℃に設定。受粉はマルハナバチによる。

▲第3図 天敵放飼区と対照区におけるアザミウマ類の発生推移

(注)
1.タイリクヒメハナカメムシの放飼密度は1回目が成虫2頭/株、2回目が成虫3頭/株。▽印は天敵放飼区での薬剤散布、↓は対照区での薬剤散布を示す。
2.ハウスの最低夜温は13℃に設定。受粉は天敵放飼区ではマルハナバチ、対照区ではホルモン剤による。


 その結果を第2図、3図に示した。タイリクヒメハナカメムシを10月上旬に放飼した場合は、予想通り次世代は発生したものの11月中旬以降密度が低下し始め、12月から翌年1月にかけてほとんど発生がみられなくなった。一方、アザミウマ類の密度はタイリクヒメハナカメムシの密度低下に伴って増加し始め、薬剤による防除が必要になった。12月31日に放飼を行なった場合には、次世代以降生殖休眠することなく、5月末まで成・幼虫が継続して認められた。
 なお、放飼成虫によるアザミウマ類の密度抑制は無理であり、放飼後一時的にアザミウマ類が増加したため、タイリクヒメハナカメムシに影響の少ないピリプロキシフェン乳剤を用いてアザミウマ類の密度低下を図る必要が生じた。しかし、いったんタイリクヒメハナカメムシの密度が高くなると、その後薬剤を使用することなく、タイリクヒメハナカメムシのみで5月末までアザミウマ類の密度を低く抑えることができた。
 第3図に示したアザミウマ類の発生消長からも明らかなように、薬剤でアザミウマ類の発生を抑えようとしても密度の回復が速いため、頻繁に薬剤散布をしなければならなくなる。これに対し、タイリクヒメハナカメムシの場合、いったん定着すれば、密度抑制効果とその持続性は薬剤をはるかに凌ぐ。本試験では、タイリクヒメハナカメムシ成虫を株当り2、3頭放飼したが、株当り1頭の放飼でも十分な密度抑制効果が得られる。
 以上は日長を基にした放飼結果であるが、当然のことながら餌のない状態で放飼しても定着はおぼつかない。放飼適期のアザミウマ類密度は明らかにされておらず、現状ではアザミウマ類が散見され初めてから放飼し、その後のアザミウマ類の発生経過を見ながらピリプロキシフェン乳剤を散布してアザミウマ類の密度調整を行なう方法が、タイリクヒメハナカメムシをうまく定着させる最良の方法のように思われる。ピリプロキシフェン乳剤の散布はアザミウマ類の密度が低い場合には1回で良いが、高い場合には5~7日間隔で2回行なう。タイリクヒメハナカメムシはアザミウマ類だけでなく、多くの小昆虫やハダニ類を捕食するので、被害の発生しにくいヒラズハナアザミウマ、コナジラミ類などが少し発生している状態はタイリクヒメハナカメムシの定着に好都合である。

2.非休眠性タイリクヒメハナカメムシの利用

 在来のタイリクヒメハナカメムシの中には日長が10時間でも生殖休眠をしない個体がみられる(第1表参照)。昨2001年、生物農薬として適用登録されたタイリクヒメハナカメムシは、短日条件下でも生殖休眠をしない個体を選抜したものと思われるが、この非休眠性(?)タイリクヒメハナカメムシが夜間の最低温度を12~13℃で管理する促成栽培ナスで、しかも日長が最も短くなる12~1月の間、生殖休眠することなく繁殖するか否かについては不明である。この点を明らかにするため、昨年から試験を継続中であるが、やはり12~1月には非休眠性タイリクヒメハナカメムシとはいえ密度が低下し、アザミウマ類密度が増加する。
 したがって、非休眠性タイリクヒメハナカメムシを使っても、この時期には薬剤による補完的な対策が必要と考えられる。
 なお、前述したように、野生虫を増殖させて放飼した場合には、翌年1月以降に再放飼する必要があるが、非休眠性タイリクヒメハナカメムシは、12~1月に一時的に密度が低下するものの、2月以降再び増殖し始めるので、12~1月をうまく選択性の殺虫剤と組み合わせて乗り切れば、秋期1回の放飼で栽培終期まで利用可能と考えられる。

 おわりに

 促成栽培ナスにはアザミウマ類だけでなくハスモンヨトウ、アブラムシ類、ハモグリバエ類、コナジラミ類、ハダニ類など多くの害虫が発生する。したがって、これらの主要害虫をうまくコントロールできる総合的な防除体系が確立されなければ、いくら有望な天敵が存在してもそれだけでは有効に活用できない。
 幸い、タイリクヒメハナカメムシ、アフィパール、マイネックスが安定した密度抑制効果を示すことから、これらの天敵と定植時粒剤処理、防虫ネット、シルバーマルチおよび選択性殺虫剤などを組み合わせた防除体系により、これら主要害虫を曲がりなりにも防除できる見通しが立ってきた。
 しかし、このような防除体系を組むことで、薬剤の使用回数が大幅に減った反面、これまであまり問題になることのなかったチャノホコリダニやすすかび病が多発するなど、新たな問題が生じている。
 今後、より完成度の高い防除体系の確立を目指すと共に、害虫だけでなく病害も含めた総合的な管理技術の確立に向けた取り組みが必要がある。

(高知県農業技術センター)

▲タイリクヒメハナカメムシ成虫(ミナミキイロアザミウマ幼虫を捕食)

▲4齢幼虫(ミナミキイロアザミウマ幼虫を捕食)

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