九州における落葉果樹害虫防除の将来展望と有機リン系殺虫剤の役割
農薬ガイドNo.102/C(2002.7.31) - 発行 アリスタ ライフサイエンス株式会社 筆者:堤 隆文
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はじめに

 九州というとカンキツ地帯というイメージがあるが、九州(特に北部九州)ではナシ、カキ、ブドウ等、落葉果樹の栽培も案外盛んである。例をあげると、福岡県はカンキツ類の栽培面積が3,400haであるに対して、カキが2,300ha、ブドウ1,200ha、ナシ620ha、キウイフルーツ330ha等、と落葉果樹の方が多い。佐賀県ではナシ、ブドウ、カキ等で1,200ha、大分県でもナシ、ブドウ、ウメ、クリ等で1,600haの栽培面積がある。また、熊本県南部から鹿児島県にかけてもナシ産地がある。
 本州中部以北の落葉果樹地帯と九州における落葉果樹害虫相を比べると、九州の害虫相は、多様性に富み発生量が多い。たとえば、果樹カメムシ類ではチャバネアオカメムシ以外に、暖地系のツヤアオカメムシによる加害も多くみられる一方で、寒冷地に多いクサギカメムシの被害もでる。年間の世代数でみるとチャバネアオカメムシは、九州では年2~3世代であるが、関東・甲信越や東北ではほとんど1世代である。また、ハスモンヨトウのような広食性害虫の被害も恒常的に発生する。ハダニ類では、カンザワハダニ、ナミハダニに加えてミカンハダニの発生が多く、特にナシでは盛夏期になると樹上のハダニのほとんどがミカンハダニとなる。本文では、このような状況下にある九州の落葉果樹害虫防除の発展方向と問題点について若干の私見を述べる。


▲フジコナカイガラムシによるカキの被害果(健全果との比較)


▲フジコナカイガラムシの天敵フジコナカイガラクロバチ


害虫防除の現状と今後の展開

 前述のように九州では多種多様な害虫が発生するため、防除薬剤も殺虫スペクトラムが広く、残効の長い剤が好まれる傾向にある。具体的には、有機リン剤が防除暦から姿を消し、代わりに合成ピレスロイド系やネオニコチノイド系の殺虫剤の使用回数が増えている。これにより、鱗翅目害虫や果樹カメムシ類に対し安定的に高い防除効果が得られるようになった反面、防除コストの上昇や一部の害虫のリサージェンスなどの問題が起こっている。
 このような現状から、今後の害虫防除は、性フェロモン剤を用いた交信撹乱、IGR系殺虫剤やBT剤等の導入による土着天敵類の活用を柱にした防除体系に移行するものと思われる(果樹カメムシ類の防除は別として)。すでに福岡県のナシでは複合交信撹乱剤によるナシヒメシンクイおよびハマキムシ類の防除面積が100haをこえている。今後、低コストの交信撹乱剤が登録されれば使用面積はさらに広がるものと考えられる。カキでは一部の産地でIGR系薬剤の使用が始まっている。また、防除コスト削減と消費者からの要求を反映した防除の見直しが加速し、BT剤等の有機栽培においては防除回数としてカウントされない薬剤の使用量が増加するものとおもわれる。さらに、施設栽培における天敵昆虫の導入や天敵微生物の利用も広がるものと考えられる。

害虫防除の変化に伴う新たな問題点

 今後予想される害虫防除法の変化は、リサージェンスの発生、抵抗性系統の発達などの今日的問題点の解決には役立つものと思われるが、新たな問題点が発生する可能性を秘めている。今後展開されるであろう交信撹乱、高度な発生予察、選択的殺虫剤の利用により、その標的とされる現在の主要害虫は減少するものと思われるが、これまで潜在化していた害虫が顕在化することは十分に予想される。
 減農薬栽培が最も進んでいる稲作では、イネクロカメムシやイネカラバエ等がリバイバルしている。また、野菜での例をみると、選択制殺虫剤と土着天敵の利用を組み合わせたナスの減農薬栽培においては、従来最も重要な害虫であったミナミキイロアザミウマやハダニ類の発生は減少したが、マイナー害虫であったチャノホコリダニ、ニジュウヤホシテントウやホオズキカメムシの被害が顕在化してきている。これらの害虫は防除をあまり実施しない家庭菜園のナスの主要害虫であり、殺虫剤による防除圧の低下がナス畑の害虫相を変化させたことを示している。また、マルハナバチの利用のため、天敵利用が進んでいる施設栽培のトマトにおいてもトマトサビダニの発生が大きな問題となっている。
 落葉果樹においても、交信撹乱剤による防除が進んでいる東北地方では、一部でドクガ類やカイガラムシ類の発生が増加しているという報告もある。減農薬圃場で増加するこれらの害虫は、広食性でゲリラ的な発生をするもの、有力な土着天敵が存在しない(いても働けない)と思われるものが多い傾向にある。福岡農総試においても、6月まで無防除のナシ園で、これまでほとんど発生をみなかったモモチョッキリゾウムシが大発生し、摘果後の果実に大被害を受けた経験がある。
 戦前の文献によると500種以上の昆虫が果樹害虫として記載されている。現在の主要害虫の種構成と比べると鱗翅目、鞘翅目の割合が高く、これらの中には発生すれば被害が大きい果実加害性の害虫も含まれている。今後、昔の害虫に関する文献は防除対策上貴重な情報源となるであろう。


▲マメコガネによるブドウの被害


▲モモチョッキリゾウムシ

新たな害虫相への対応

 変化した害虫相に対応した薬剤防除のありかたを考えると、時期と対象害虫を限定した防除暦的考え方だけでは対応できず、発生した害虫の種類に応じたメニュー方式の防除(つまり、補正防除)の役割が増大するものと思われる。これに対しては、大多数の農家の技術レベルではメニュー方式は不可能という意見もあるが、インターネットの利用が広がれば、技術力の不足は情報力でカバーできるものと考える。また、もちろんこれに対応できない農家も存在するであろうが、そのサポートや農家への情報サービスなどは新しいビジネスになる可能性を秘めているではなかろうか。
 減農薬栽培体系で想定される同時に複数の害虫が発生する事態に対処する薬剤は、数種害虫の同時防除が出来ることが条件となるが、主要害虫に対する天敵の利用を考慮すると、影響が少ない剤がよいことは明らかである。しかし、天敵に対する影響が少ないIGR系殺虫剤およびBT剤は鱗翅目、アザミウマ目、一部の半翅目害虫に対する効果はあるものの、その他の害虫に対しては効果がないので使用場面はかなり限定されるものと思われる。
 合成ピレスロイド系殺虫剤は殺虫スペクトラムは広いが天敵に対する影響期間が極めて長いのでリスクが大きい(果樹カメムシ類の防除には必要であるが)。ネオニコチノイド系殺虫剤の使用場面も多いであろうが、主要な防除対象になるであろう鱗翅目害虫に対する効果がやや低い。これに対し、有機リン系殺虫剤には速効性で、鱗翅目、半翅目、鞘翅目、アザミウマ目と殺虫スペクトラムは広いが残効期間が短いので(天敵に対する影響期間もそれだけ短い)、ワンポイントリリーフ(補正防除)に適した性質を持っている。
 有機リン系殺虫剤は古くから使用されてきたため果樹の主要害虫の中には抵抗性系統の出現しているものも散見されるが、多くのマイナー害虫には高い効果があるものと予想される。もちろん、有機リン系殺虫剤だけで全ての事態が解決できるわけではないが、名脇役として、活躍する場面は現在より増加するであろう。


▲クサギカメムシ


▲カキを加害するマイマイガ(ブランコケムシ)

(福岡県農業総合試験場 病害虫部)

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