日本で創られた新しい殺虫剤の話-NACRAについて(4)-
農薬ガイドNo.106/F(2003.8.30) - 発行 アリスタ ライフサイエンス株式会社 筆者:下松 明雄
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(104号より続く)

(6)ジノテフラン(スタークル、MTI-446)

 トレボンの開発が終わり、次の新規殺虫剤の合成研究に有益なリード化合物を探していた三井東圧化学は、1988年度6331(アドマイヤー)の日植防委託試験成績をみて非常に興味をもったことは容易に推察される。すでに公開されていた日本特殊農薬製造(NTN)の特許を参考にして合成展開した結果、同社が最初に申請した特許は下記のものであった。


特公開 平成4―211683
出願 平成3年(1991)2月26日
公開 平成4年(1992)8月3日

 化合物(I)が殺虫剤、化合物(II)は中間体と記載されているが、これは明らかにアドマイヤー等のプロドラッグである。アクセサリー・パートが上記の特許に記載されているCPMやCTM、あるいはクロロイソキサゾール(特開平2-279680;三菱化成)のような含窒素化合物であれば効果の増強は顕著であるが、窒素が必須条件であることは疑わしかった。三井東圧は既知の技術情報を参考に殺虫活性の高い化合物を合成し、いくつかの特許を出願していたが、探索中に化合物(II)のような酸素を含むアルコキシの中間体でも含窒素化合物と同様に十分殺虫活性を高める化合物があることに気付いたと推察される。前後してデュポン社や日本曹達 (特開平5-310650)も同様な発見をしている。そして含酸素化合物の場合も窒素と同様に酸素と活性基間の距離が効力に大きく影響している。
 開発候補化合物として選抜されたMTI-446の特許はフラニル系殺虫剤として1993年に出願された。


特公開 平成7―179448
出願 平成6年(1994)10月20日
(優先日平5(1993)10月26日)
公開 平成7年(1995) 7月18日

 本剤は1995年から委託試験が始められ、2002年に農薬登録された。
 スタークル(MTI-446)には不斉炭素原子があるので2種の光学異性体のラセミ体(混合物)である。その光学活性体を製造し、有効成分とする殺虫剤の特許が公開になっている(特開2001-31667)。

 その特許によると、S体の活性が最も高く、ついでラセミ体、R体も害虫によって活性を示すがS体より弱いと報告されている。現在、活性S体のみの開発は進められていないようであるが、アセチルコリン受容体との結合親和性について興味が持たれる。

(7)その他

 当時新規化合物の探索研究に積極的に取り組んでいたクミアイ化学、北興化学、両社の研究所がNACRAの探索研究に不参加であったのは1979年から始まったシェル社のSK-71の開発に関与しているので契約上その誘導体の合成を差し控えていたものと推察される。
 クミアイ化学は1970年代の初めに殺菌剤の探索研究のなかでシアノ・イソチオウレアの誘導体を合成していた。その研究成果で新規殺菌剤の特許出願の際に先行技術より自社化合物の進歩性を示す必要があり、比較薬剤として下記の化合物が合成された。


特公開 昭和50―64423
公開 昭和50年(1975) 5月31日

 この剤の殺虫活性は不明であるが後のNACRAにつながる化合物の一つであったように思われる。しかしながら、その後殺虫剤の特許の出願がみられないのでリード化合物にならなかったのであろう。

9.最近の特許出願化合物

 日本で公的機関の効果試験に最も遅く参加したのはノバルティスのチアメトキサムであり、1997年に開始された。以後国内外で開発が始められた新規薬剤はない。最近はNACRAに関係する日本企業の特許出願も極めて少なくなっている。最初の市販剤、イミダクロプリドあるいはその後のいくつかの開発剤も使用場面であるいは実用化試験の間で商品としての欠点が余り見えてこないこと、またかなり大きな化学構造の改変でも殺虫活性スペクトラムに大きな変化がみられないことが探索研究を低調にさせた主な理由と考えられる。しかしながら、現在までにおもにマルチ・ナショナル・カンパニーから化学構造と活性相関に非常に興味深い化合物の特許が出願されている。化合物の実用性の有無に関係なくドラッグ・デザインに興味のある諸氏に紹介したい。

(1)1999年3月18日公開

 殺虫活性の発現に赤字の部位の窒素は反対側に窒素があれば必要ではないことが判る。このことはすでに5年前のピロリジンの特許で証明されていた(WO 94-24124; Ciba-Geigy)。

(2)1999年7月8日公開

 この赤字の部位はO以外にNH、S、CH2あるいはなくても高い殺虫活性がある。

(3)2002年2月7日公開

 この化合物は広範囲の雑草に有効な除草剤として特許出願された化合物の一つである。シアノグアニジン、シアノイソチオウレアは殺草活性基であることが文献で知られている(J. Agric. Food Chem. 37,809-814, 1989)。

(4)2002年3月7日公開

 この化合物も赤字の部位がCH2の換わりにOで結合しても殺虫活性が維持されていることを示している。

(5)2002年10月31日公開

 従来の化合物群のなかには植物寄生線虫に対する殺線虫効果のあるものがないと思われていたが、バイエル社は殺線虫効果のある化合物の探索を続けていたと思われる。この特許の明細書にはネコブセンチュウに対して有効である実施例が記載されている。

10.各社の関連特許の初出願年と日本植物防疫協会の委託試験開始年

 NACRAの研究、開発、上市の経緯を簡単に年表的にまとめてみた。  1970年代からシェル社によって始められた新規殺虫剤NACRAの研究はシェルの60件以上に及ぶ特許の出願とその間ヘキスト社の2件の特許だけで、1984年日本特殊農薬製造の最初の特許出願につながっていく。その他各社の最初の特許出願は1986年にバイエル、1987年武田薬品、チバ・ガイギー、1988年日本曹達、デュポン、1989年石原産業、三菱化成、アグロカネショウ、1990年三井東圧、住友化学、日産化学、1991年BASFと続く。
 新規剤の農薬登録のためには日本植物防疫協会を通じて公的研究機関での効力評価が必要である。各社が開発をめざして同協会に申請した新剤の委託試験開始年、中止年および農薬登録認可年を第1表に示した。

会社名 コード番号、
商品名
委託試験開始年
(中止年)
登録年
シェル化学 SK-71
ニチアジン*
1979
(1985)
 
シェル化学 WL-108477
ホルミルニチアジン
1986
(1991)
 
日本特殊農薬製造 6331
アドマイヤー
1988 1992
武田薬品 TI-304
ベストガード
1989 1995
日本曹達 NI-23 1990
(1991)
 
アグロ・カネショウ AKD-1022 1991
(1998)
 
三井東圧 MTI-9100,MTI-9101 1991
(1992)
 
三井東圧 MTI-287 1992
(1994)
 
日本曹達 NI-25
モスピラン
1992 1995
石原産業 IKI-1850 1992
(1995)
 
三井東圧 MTI-446
スタークル
1995 2002
武田薬品 TI-435
ダントツ
1995 2001
日本バイエル 0831
バリヤード
1996 2001
ノバルティス CG-216/234
アクタラ
1997 2000

▲第1表 NACRAの日植防委託試験および登録状況

 これらの剤の名称は最初ニトロメチレン(ニトロエナミン)系殺虫剤であったが、その後ニトロイミノ(ニトロアミジン)、シアノイミノ(シアノアミジン)も有効であることが判明し、また最初の開発剤アドマイヤーのクロロニコチニル系殺虫剤はクロロチアゾリル、フラニルが開発され、さらにはイミダクロプリドのイミダゾリジンからオキサジアジン、チアゾリジンに、またニトログアニジン系からシアノグアニジンが研究開発されるなど化学構造からの通常の命名では専門家も記憶するのに戸惑うであろう。このことはNACRAは多様な化合物群で構成されていることを示唆している。
 ニコチン以外にシェル化合物から派生してきた殺虫剤のNACRAは東京農大の山本教授によって1993年にネオニコチノイドと呼称する提案がなされた。以後この多様な化合物群の総称として世界的に認知され使用されている。ネオニコチノイドと呼ばれる市販剤を最近ではシェル社のニチアジンを第一世代、アドマイヤー(イミダクロプリド)は第二世代、アクタラ(チアメトキサム)、スタークル(ジノテフラン)を第三世代のネオニコチノイドと呼ぶことがある。また最近の探索研究から “新規のネオニコチノイド”と称する化合物も報告されており、新規性、進歩性を求めて探索研究が続けられている。さらには、この分野の化合物が農薬としてではなく、神経伝達に関与するアセチルコリン受容体に作用する生理活性物質としても興味をもたれている。アルツハイマーやパーキンソン病の治療薬として医薬の分野で研究が進められており、最近では特許も散見される。

11.世界、日本での使用状況

 2001年世界全体の殺虫剤の売上高は約8,000億円、その中で有機リン剤(30%)、ピレスロイド(21%)、カーバメート(14%)で、これらに次いでネオニコチノイドは790億円(10%)になっており、今後もさらに成長すると予想されている。そのネオニコチノイドの中で最初に市場にでたイミダクロプリドは650億円であり、殺虫剤の売上高で最も大きい薬剤となっている。
 日本ではイミダクロプリドが1993年(平成5年)に上市されてから現在7原体が商品化されている。2002年度の各社製品の売上を第2表に示す。

原体メーカー 有効成分名 出荷金額
(億円)
出荷金額
(億円)*
バイエル イミダクロプリド 49 70*
住友武田 ニテンピラム 8.7 1.3*
日本曹達 アセタミプリド 44  
シンジェンタ チアメトキサム 7.3  
バイエル チアクロプリド 4.6  
住友武田 クロチアニジン 6.3 0.4*
三井化学 ジノテフラン 2.8  
  合計 123 71.7
*:殺虫殺菌混合剤
▲第2表 2002年度ネオニコチノイド系農薬の製品出荷金額

 海外から輸入された原体と国内で生産された原体の量を第3表に示した。

  原体輸入量(t) 原体生産量(t)
原体名 イミダクロプリド チアクロプリド チアメトキサム
‘92 0
‘93 115
‘94 141
‘95 105
‘96 130
‘97 101
‘98 107
‘99 109
‘00 173
‘01 105 14 1
ニテンピラム アセタミプリド
0 0
15 86
32 41
20 105
9 140
9 154
29 137
(農薬要覧2002)
▲第3表 ネオニコチノイド系農薬の原体輸入量および原体生産量の推移(1992~2001)

おわりに

 化学農薬をとりまく環境は世界的に厳しい方向にある。農薬の製造、販売、使用に種々の規制が課せられ、市場は成長拡大せず、消費者の理解は得られず、識者からも理不尽な発言を聞かされる。国際企業は規模拡大のために再編を行って投資効率を高めているが、日本では農薬事業から撤退する企業はあるものの、十分な規模の拡大につながっていない。世界市場で販売される薬剤の開発には100億円以上の経費が必要といわれているが、年650億円売り上げる薬剤の開発に成功すれば100億円の開発経費は問題ではない。日本のような小規模の研究から金の卵を産み出すには研究者個人の経験、知識、情熱、内外からの質の高い情報によって 国際企業に対抗する以外にはない。
どのような環境下でも農薬の探索研究は夢のある仕事である。拙著が探索研究に従事されている諸氏の成功のお役にたてば幸せである。また一般の読者に少しでも日本の将来の農薬事業について希望を与えることが出来たとしたら望外の喜びである。
 このシリーズを連載するにあたって、独断と偏見を避けるように配慮したつもりである。不適切な点があればご容赦下さい。

(アリスタライフサイエンス㈱技術顧問)

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