天敵を活かした栽培管理-タイリクヒメハナカメムシの産卵とピーマンでの整枝摘葉作業-
農薬ガイドNo.108/E(2004.6.30) - 発行 アリスタ ライフサイエンス株式会社 筆者:島 克弥
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 はじめに

 天敵は環境負荷軽減や作業性の面から良いと分かっているのになかなか普及しない最大の原因は何だろうか?それは化学農薬に比べ効果が安定しないことではないだろうか。
 そこで今回は天敵をうまく定着させるために、従来型の栽培体系の中に天敵を組み入れた利用方法を模索するのではなく、天敵の特性を最大限生かすように作物の栽培体系を合わせるアプローチについて考えてみた。
 タイリクヒメハナカメムシOrius strigicollis(以下、タイリク)は果菜類のアザミウマ類に対する天敵として、近年、急激に利用されているが、現場において、うまく働いてくれない場合がある。その原因としては、天敵に影響のある農薬(展着剤、葉面散布を含む)を散布したり、他害虫や病気の発生、栽培体系(品種や整枝摘葉等)、放飼方法、指導などがあり、それも一つとは限らずに複数の原因が考えられる。
 今回はタイリクの定着率を高めるために、本種のナス、ピーマンでの産卵部位と、特にピーマンでの整枝摘葉がタイリクの定着に与える影響について報告する。

1.タイリクは植物のどこに産卵するのか?

 タイリクはその生涯を植物上で過ごすことが知られているが、産卵部位を特定する試験はこれまで行なわれていない。実際にタイリクは植物のどこに産卵するのだろうか?植物によって違ったりするものなのだろうか?タイリクがよく使われているピーマンとナスの場合で見てみる。
 ピーマンでは新枝の第2節目と第3節目に95%近くを産卵した。ナスの場合は60%以上が葉長10cm以上の展開葉の葉脈、葉柄に産卵することがわかった(第1表)。また、植物の種類によって産卵場所が違うこともわかった。

作物名 展開葉* ガク
芯芽 果実
ナス 65,9 0 0 2.3 15.9 2.3
ピーマン 0 0 0 1.7 94.9 0 3.4
*葉柄を含む。
▲第1表 ナスおよびピーマンにおけるタイリクヒメハナカメムシの産卵部位と産卵率(%)の関係

2.タイリクは整枝摘葉作業でどの程度ハウス外に持ち出されているのか?

 では実際に何頭のタイリクがハウス外に持ち出されているのだろうか?整枝摘葉(芽欠きや葉欠き)作業による天敵の施設外への持出しは以前から現場関係者より指摘されていた(和田、2001;大野、2002;岡林、2003)。しかしながら、実際ににどのくらいの天敵がハウスから持ち出されているかは明らかにされていない。
 そこで、促成ピーマン試験圃場7~15a(2農家3ハウス)においてタイリクを放飼した約1ヵ月後の整枝摘葉作業によるタイリクの持出し数を推定してみた。その結果、1回の整枝摘葉作業によって10a当り約342~560頭のタイリク個体数が持ち出されていることがわかった。また、タイリクの卵、幼虫、成虫、すべてのステージが持ち出されていることも明らかになった(第2表)。

ハウス
番号
面積
(a)
調査芽数
n
幼虫 成虫 合計
個体数
推定持出し
個体数/10a*
1 15 273 8 3 3♂ 14 373
2 15 351 12 5 3♂1♀ 21 560
3 7 168 2 2 2♂ 6 342
*均一に散布し、欠いた芽をすぐにハウス外に持出したと仮定
▲第2表 促成ピーマンでの芽欠きによるタイリクヒメハナカメムシの推定持出し数

3.天敵を活かした栽培管理と今後の課題

 今回は特にタイリクとピーマンの関係に着目した。
 天敵であるタイリクの産卵特性を理解し、栽培方法の工夫としてタイリク放飼前に芽欠きを行なっておくことや、ピーマンでは新枝の第2節目と第3節目の芽欠きを控える、欠いた芽は集めて株元に置くなどのきめ細かな気配りが大切であり、天敵農法の成功のカギとなるのではないだろうか。
 また、今後、他の天敵や各種作物でもこのような関係を明らかにし、うまく天敵を定着させる栽培管理方法を見つけて実行していくことが大切である。

4.タイリクQ&A

 国内において「タイリク」を一番多く利用して実績のある高知県で検討した資料を参考にしてピーマン、ナス圃場における「タイリク」のFAQについて以下に示した。

(1)放飼前

〈Q〉いつタイリクを入れたら良いかタイミングがわかりません。
〈A〉放飼適期の目安には青ホリバーを使用してください。青ホリバーにアザミウマがつき始めたらタイリクを注文してください。粒剤を処理していないなら、複数回放飼の初回放飼を一段目開花時にスケジュール放飼してください。
〈Q〉放飼前ボトルを立てておいたら、共食いを始めました。
〈A〉タイリクは狭い場所に局所的に集まると共食いをすることはあります。ハウス内や野外では稀です。商品到着後、放飼までボトルは必ず横向きにして扱ってください。
〈Q〉昨年2,000頭/10aで成功しました。今年は1,000頭/10aでやりたいのですが?
〈A〉2,000頭/10aは多くの試験や実証データより決定した最低ラインです。1,000頭/10aで成功することもありますが、失敗するほうが遥かに多いです。また、アザミウマが目につきだしてから1,000頭/10a追加し、合計2,000頭にしてもほとんど手遅れです。この場合、選択性殺虫剤などでアザミウマを減らしてから追加放飼しましょう。
〈Q〉到着日に急用が入り放飼できませんでした。保存方法はないのですか?
〈A〉保存は出来ません。到着後、その日のうちに使いきることをお勧めしますが、一晩程度の一時的な保管方法としては新聞を濡らし、きつく絞ったものと共に発泡スチロール箱など密閉できる容器の中に入れ、米や野菜の低温保管庫に入れてください。保管庫がない場合は上の容器内で保冷剤を新聞紙で包み、ボトルから離して設置し密閉してください。家庭用冷蔵庫は温度変化が大きいのでお勧めできません。

(2)放飼後

〈Q〉タイリクを撒いた後、タイリクがなかなか見つかりません。
〈A〉放飼後、次世代のタイリクが見えるには季節によって異なりますが14~60日かかります。がまんの為所ですね。花や葉でアザミウマをよく観察をして下さい。2~3週間後、アザミウマの幼虫が増えるようではタイリクは定着していません。速やかにタイリクを追加するか、天敵に影響の少ない、またはない選択性殺虫剤(※倍率も注意。必ず普及員か営農指導員または成功経験者にお聞きください。)でアザミウマを減らしタイリクとアザミウマのバランスをとる様にしてください。
〈Q〉タイリクが働いているかどうか簡単に分かる方法は?
〈A〉タイリクが低密度でも確認できる場合は、花にいるアザミウマを観察してください。見て成虫のみであれば心配ありません。幼虫が多いとタイリクが追いつく前に被害が少し出る可能性があります。また、ピーマンの場合は花弁に茶色い糞マークがよく見られます。
〈Q〉初夏、日中ハウス内がかなり暑くなりますが、タイリクは大丈夫ですか?
〈A〉はい、大丈夫です。実際の温度データで観測値52.5℃でも十分に働いてます。通常、植物上の表面温度は日陰や蒸散のため周りの気温より低くなっています。また、タイリクも私たちと同じく朝夕に涼しいときに働き、昼暑いときには休みます。
〈Q〉タイリクの産卵場所は?
〈A〉植物によって異なります。ピーマンでは頂上部から2~3節目の節に90%以上、ナスでは展開葉の葉柄、葉脈に60%以上生みます。栽培管理で葉欠きや芽欠きの仕方の工夫が天敵をうまく使うコツの一つです。
〈Q〉展着剤や葉面散布剤も影響ありますか?
〈A〉展着剤、葉面散布剤の中には天敵に影響があるものもあります。注意してください。天敵に詳しい普及員、営農指導員、メーカーに相談し、情報を得るようにしてください。

 おわりに

 近年、わが国においても環境保全型農業が重要な目標に掲げられている。また、ここ数年の輸入野菜の残留農薬や無登録農薬の利用などの諸問題に消費者の安全志向が強まり、産地によっては積極的に減農薬への転換が図られている。
 天敵は総合的害虫管理(IPM)の考えに基づき、減農薬の有効な一つの手段として利用されつつあるが、その効果はまだ安定しているとは言えない。天敵をうまく定着させるには、各作物別に栽培体系と天敵の生態特性の両面をうまく利用していくことが大切である。
 最後に天敵試験にご協力していただいている波崎町の小田氏、菅田氏をはじめとするピーマン生産者の方々、JAしおさいの加瀬康弘氏および鉾田地域農業改良普及センター(現:茨城県鹿行地方総合事務所)の石川賢二氏に厚く御礼申し上げます。

(アリスタライフサイエンス(株)バイオソリューション部バイオシステムズ)


▲タイリクヒメハナカメムシ雌成虫
(ミナミキイロアザミウマ2齢幼虫を捕食中 撮影:山本栄一)


▲ナス展開葉でのタイリクの産卵部位


▲ピーマン新枝でのタイリクの産卵部位


▲芽欠き作業風景


▲1回の芽欠き作業で持出されるピーマン新枝はコンテナ5杯分


▲株元にピーマンの新枝を置いておく


▲収穫されたピーマン

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