北海道の施設栽培キュウリにおける天敵農薬を使用した防除事例
農薬ガイドNo.110/B(2005.11.30) - 発行 アリスタ ライフサイエンス株式会社 筆者:斉藤 美樹
この号のTOPに戻る

1.はじめに

 北海道の施設栽培キュウリにおける主要な害虫として、ワタアブラムシ、ハダニ類があげられる。これらの害虫を化学農薬で防除した場合、害虫密度はいったんゼロに近くなるものの、すぐに密度が回復し頻繁に殺虫剤散布を行なわなければならないということがよく見られる。実際、北海道の夏秋どり施設栽培キュウリ(定植:5月上旬、収穫:6月上旬~10月中旬)では慣行で殺虫剤が12回程度使用されており、害虫防除に要する生産者の負担は大きい。
 札幌から車で約1時間半、空知管内の砂川市、歌志内市、奈井江町の農家8戸で構成されるキュウリ生産集団では、食の安心・安全に対する配慮や防除の省力化のため数年前から天敵農薬を使用した害虫防除に取り組んでいる。当初はワタアブラムシに対してバーティシリウム・レカニ剤(バータレック)、ハダニ類に対してはチリカブリダニ剤(スパイデックス)を使用していたが、ハウス内の温湿度条件や定着性等にやや問題があったため、現在ではそれぞれの害虫に対してコレマンアブラバチ剤(アフィパール)、およびミヤコカブリダニ剤(スパイカル)を用いて防除を行なっている。本稿では、この生産集団の夏秋どり施設栽培キュウリで、天敵農薬を使用した害虫防除の事例を紹介する。

▲キュウリ葉上のマミー ▲ナミハダニを捕食する
  ミヤコカブリダニ
▲ナミハダニの卵を捕食する
  ミヤコカブリダニ


2.コレマンアブラバチによるワタアブラムシの防除

 コレマンアブラバチ剤は、対象とするアブラムシの発生初期から予防的に放飼しないと防除効果が安定しないとされており、使用の際は圃場内のアブラムシ発生状況を常に把握していなければならない。しかし、ワタアブラムシの発生モニタリングのためにキュウリ葉を調査するには多大な労力が必要である上、ワタアブラムシは増殖が非常に速く、発生に気づいてからコレマンアブラバチを注文したのでは放飼適期を逸する危険性がある。
 このため、省力的な防除法としてバンカープラント法が考案された。バンカープラント法とは、害虫発生前からあらかじめハウス内に天敵を定着させておくために、栽培作物に害をおよぼさない種類の虫を、天敵の餌や寄主として寄生植物とともにハウス内に持ち込む方法のことである。この方法を用いることで、対象害虫の発生前からハウス内に天敵が定着し、世代を繰り返すため、予防的および継続的に天敵を放飼するのと同様の効果が期待できる。ここではバンカープラントとしてコムギを栽培し、そこに発生するムギクビレアブラムシやムギヒゲナガアブラムシなどをコレマンアブラバチ増殖のための寄主として用いた。
 奈井江町の生産者は2005年にハウスA、Bの2棟(1棟約6a)でコレマンアブラバチを用いて防除を行なった。5月10日のキュウリ(品種「インパクトC」)定植と同時に、バンカープラントとして秋まきコムギ(品種「ホクシン」)およそ250粒/mを各ハウスの内周縁部に計100m程度播種した。バンカープラントでのアブラムシ類の発生が少なかったため、6月24日にムギクビレアブラムシ(アフィバンク)500頭をあらかじめバンカープラント上に放飼したうえで6月26日と7月8日の2回、約1000頭/10aのコレマンアブラバチをバンカープラント上に放飼した。
 バンカープラントについては2.4m(1.2m×2ヵ所)に寄生するアブラムシ類の成幼虫およびマミー数を、キュウリについては1株当り上・中・下位の計3葉に寄生するワタアブラムシ成幼虫およびマミー数を計24株調査した。調査は5月中旬から栽培終了時まで1週間間隔で行ない、結果を第1図に示した。
 A、Bハウスともにバンカープラント上でマミーが確認され、特に7月下旬~8月上旬にかけてのアブラムシ類急増に伴い密度が高まった。ハウスAでは7月下旬、ハウスBでは7月中旬にキュウリでワタアブラムシの初発が確認され増加傾向を示したが、これに伴って観察されるマミー数も急激に増加した。その結果、ワタアブラムシの密度増加は緩やかとなり、各ハウスとも寄生頭数は最大2.8頭/葉、1.4頭/葉と被害が全く問題にならない程度に密度を抑えることができた。このため、各ハウス8月16日、9月6日の栽培終了時までワタアブラムシに対し化学農薬を使用する必要がなかった。


▲第1図 コレマンアブラバチ放飼ハウスのバンカープラント(上段)、 キュウリ(下段)に
おけるアブラムシ類およびマミーの消長
 <↓:コレマンアブラバチ放飼>



▲バンカープラントおよびモニタリングプラント ▲バンカープラント上のマミー


3.ミヤコカブリダニによるハダニ類の防除

 天敵農薬のラベルには必ず「害虫密度が高まってからでは十分な効果が得られないので、発生初期に放飼すること」と記載されているが、凹凸や毛茸の多いキュウリの葉でハダニ類の初発を確認するのは非常に困難である。このため、省力的な初発期確認の方法として、モニタリングプラントを用いる方法が考案された。モニタリングプラント法とは、ハダニ類の発生モニタリングをキュウリで行なう代わりに、ハウスの開口部に近い場所で栽培したインゲンを用いる方法である。ハダニ類を発見しやすく調査時間が短縮できるのに加え、直接キュウリで調査を行なったときとほぼ同じ時期か、それよりも早い時期に発生を知ることが可能である。
 歌志内市の生産者は、2005年におよそ20棟のハウス(1棟約3a)でミヤコカブリダニを用いて防除を行なった。このうちハウスC、Dでは4月28日にキュウリを定植し、5月26日にハウス内周縁部の6カ所に播種後約14日のインゲン(品種「大正金時」)苗を1株ずつ移植した。このインゲンを週1回全葉調査し、ハダニ類の寄生が確認され次第ミヤコカブリダニを放飼の準備をすることとした。なお、調査を簡便にするため、毎回の調査後に初生葉と1複葉のみ残して他の葉は切除した。また、キュウリについては1株当り上・中・下位の計3葉に寄生するハダニ類およびミヤコカブリダニの雌成虫数を計24株調査した。調査は5月中旬から栽培終了時まで1週間間隔で行ない、結果を第2図に示した。
 C、Dハウスともに、6月28日にインゲンでハダニ類の初発が確認された。このことを受けてミヤコカブリダニを発注し、7月8日および7月15日の2回、約2000頭/10aのミヤコカブリダニをキュウリ上に放飼した。なお、ハウスDでは局所的にハダニ類密度の高い株が数株見られたため、ミヤコカブリダニ放飼に先立ち7月7日にミルベメクチン乳剤をこれらの株にスポット散布した。
 ハウスCにおいては7月下旬からミヤコカブリダニが観察されはじめた。しかし、ハウス全体でハダニ類がやや増加傾向となったため、8月5日に天敵に影響の少ない殺ダニ剤のヘキシチアゾクス水和剤を散布した。その後はミヤコカブリダニが順調に増加し、ハダニ類の密度を抑えきることができた。ハウスDにおいては7月下旬に再びハダニ類密度の高い株が数株見られたが、ハウス全体では寄生株率も低くミヤコカブリダニも相当量観察されたため、再度ミルベメクチン乳剤のスポット散布のみ行なって様子を見た。その結果、8月下旬にはミヤコカブリダニの頭数がハダニ類を上回り、9月6日の栽培終了時まで問題のない密度に抑えきることができた。


▲第2図 ミヤコカブリダニ放飼ハウスにおけるハダニ類およびミヤコカブリダニの消長
<↓:ミヤコカブリダニ放飼、M:ミルベメクチン乳剤散布、H:ヘキシチアゾクス水和剤散布>


(注) 1.(SP)はハダニ類密度が高い株にのみスポット散布したことを示す。
  2.6月28日の点線は、モニタリングプラントでのハダニ類初発確認を示す。



4.まとめ

 本年度、天敵農薬を使用した生産者からは、「防除が楽になった」との声が聞かれた。天敵農薬を導入することで農薬散布作業に要する時間の削減や作業者の農薬暴露の低減につながり、管理作業の負担を大幅に軽減できるため、導入のメリットは大きい。しかし一方で、天敵放飼中に害虫密度が高まったとき、これから天敵の活動によって密度が低下してゆくのか、それとも殺虫剤を併用した方がいいのか判断が難しい、との声も多くあった。天敵利用をさらに推し進めるためには、化学農薬要否の判断基準を確立する必要があるものと考えられ、今後の大きな課題である。また、化学農薬を削減したことで、これまでほとんど問題にならなかったジャガイモヒゲナガアブラムシやネギアザミウマの発生が多くなり、果実や葉に被害が確認されるなど新たな問題も出てきている。新たな害虫への対応、化学農薬併用の基準、これらの問題を一つ一つクリアし、誰もが安心して天敵農薬を使用できる防除体系の確立を図っていきたい。

(北海道立中央農業試験場)

▲このページのTOPへ


この号のTOPに戻る

Arysta LifeScience Corporation