スパイカルによるイチゴのハダニ対策
農薬ガイドNo.110/E(2005.11.30) - 発行 アリスタ ライフサイエンス株式会社 筆者:畠山 修一
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  スパイカルと卵

1.はじめに

本誌№109で報告した試験結果から、スパイカルは当地域のイチゴ栽培に適した天敵であることが伺えた。そこで、2004~2005年の作期において、条件の異なる34圃場、計2,076株を調査対象とし、スパイカルの現地試験を行なった。今回の試験では、頂花房開花期にあたる11月11日に放飼し、10a当り1,000、2,000、4,000、5,000、6,000、8,000頭の区を設けた。以下にスパイカルの特徴をよく示したデータを中心に、その結果とイチゴ栽培における利用方法について紹介する。



2.ハダニ類の発生パターンと期待される天敵像

 現地のイチゴ栽培圃場において、ハダニ類が発生するパターンは概ね次の四つに分類された。
(1) 定植苗とともにハウスに持ち込む
(2) 補植苗でハウスに持ち込む
(3) 観賞用植物で持ち込む
(4) 圃場周辺雑草から侵入する。
 (1) およびにでは、生育初期からハダニ類が繁殖し、厳寒期の樹勢を抑制する可能性が高い。(3) は特に観光農園等に多く見られる事例だが、生育途中から発生し来園者たちのランダムな動きとともにハウス内に拡散する。(4) は雑草の管理状況にもよるが、多くは換気率が高くなる春先以降に侵入を招く、最も一般的なハダニ類の発生パターンであった。 
 ところで多くの生産者が、ハダニ類の初発生を認識するタイミングは、クモの巣状に網が張られるか、あるいは収穫や摘葉管理の際、手や腕にハダニ類が這い出すのを認めた時であった。その結果、ハダニ類の発生に気づいたときは手遅れで、生産性を落としてしまうか、ハダニ類の発生の有無にかかわらず殺ダニ剤を散布し、農薬の使用頻度を高めている現状にある。
 このようなハダニ類の発生状況と、生産者の観察力とのギャップを埋めてくれる働きを天敵に期待するとすれば、次のような特性を備えたものが望ましい。
 すなわち放飼しておけば、生産者の知らないところで次第に増殖・分散し、ハダニ類の発生に応じて捕食を開始、イチゴの生育が順調に推移するよう手助けしてくれる天敵である。



3.定植苗でハダニ類を持ち込んだ圃場(ハダニ類発生パターン(1)(2))

 第1図は6,000頭/10a放飼した加温ハウスでのハダニ類とスパイカルの発生推移である。
 ハダニ類は2月上旬までに発生密度指数を上昇させ40%を超えた。調査株によってはハダニ類の発生がひどく、網を張る株も多く観察された。しかしスパイカルも分布域を広げながら2月上旬以降密度を高め、4月上旬にはハダニ類の発生密度指数を20%以下に低下させた。そして収量は殺ダニ剤だけで防除をしていた前年度を上回った。
 この圃場では次の5点が注目された。
(1) スパイカルはハダニ類が低密度の段階でイチゴの株上に定着した。
(2) ハダニ類は発生密度指数40%強で頭打ちとなり密度が低下した。また40%強の密度指数はイチゴの収量・品質に影響を及ぼさなかった。
(3) ハダニ類の密度が高いにもかかわらず、スパイカルが定着しない株があり、その多くはネグサレセンチュウに寄生されていた。
(4) ハダニバエやハダニアザミウマ・ツヤコバチなどの土着天敵も繁殖した。
(5) 収穫終了後3ヵ月を過ぎた8月、ハウス内雑草にスパイカルがハダニ類とともに生息していた。


▲第1図 加温ハウス 6,000頭/10a放飼区

 

4.生育中期にハダニ類が発生した圃場にて(ハダニ類発生パターン(3))

 第2図は簡易高設ベンチによる観光摘み取り園でのハダニ類とスパイカルの発生推移である。培地の組成は、籾殻:ピートモス:堆肥:真土=6:2:1:1、放飼頭数は10a当り6,000頭とした。
 1月上旬にハダニ類の発生が認められたがスパイカルが定着し、その後もハダニ類の発生箇所ごとにスパイカルが定着し、発生密度指数を10%以下に抑えて作期を終えた。この圃場では次の2点が注目された。
(1) ハダニ類が発生しない段階でも、培地内には様々な微小昆虫やダニ類が発生し、その中でスパイカルが生息していることが確認できた。
(2) ハダニ類寄生株に対するスパイカルの寄生率が高かった。


▲第2図 簡易高設ベンチ 6,000頭/10a放飼区



5.生育後半にハダニが発生した圃場(ハダニ類発生パターン(4))

第3図は2,000頭/10a放飼した無加温のパイプハウスでのハダニ類とスパイカルの発生推移である。ベッドには敷きワラを処理した。
 放飼後3ヵ月間はハダニ類の発生が認められなかったが、2月17日、圃場の一部にハダニ類が発生し、スパイカルもイチゴの株上に定着していた。その1ヵ月後には、ハダニ類の分布に対応してスパイカルも増殖し分布域を広げていった(第4図)。結果的にハダニ発生密度指数は10%以下に抑えられ、イチゴの生育を抑制することなく収穫を終えた。
 この圃場では次の2点が注目された。
(1) スパイカルの放飼頭数は少ないものの、圃場全体に分散しハダニ類の発生箇所ごとによく定着した。
(2) 敷きワラにはケナガコナダニや微小昆虫が発生していた。


▲第3図 無加温パイプハウス 2,000頭/10a放飼区(敷きワラ処理有)


▲第4図 無加温パイプハウス 2,000頭/10a放飼区の分布図



6.スパイカル定着の阻害要因

(1)敷きワラの有無
 第5図は敷きワラを処理しなかったパイプハウス(2,000頭/10a放飼)でのハダニ類とスパイカルの発生推移である。放飼後5ヵ月間はハダニ類が発生しなかった。4月14日にハダニ類の発生を認め、その後、ハダニ類は圃場全体に広がり、発生密度指数も40%近くまで上昇した。一方、スパイカルは番外区の一部に定着を認めたものの、調査対象株での定着はなく、ハダニ類の分散に応じた動きを示さなかった。
 敷きワラ処理の有無は、ハダニ類未発生下におけるスパイカルの生存・増殖・分散に影響を及ぼすものと思われた。
(2)農薬の影響
 今回の試験において、スパイカルに影響を及ぼす農薬として、是非とも検討を加えたいものに、硫黄粉剤があげられた。
 12月中旬に硫黄粉剤を処理した圃場では(第6図)、ハダニ類の寄生株にスパイカルが定着し個体数を増加したものの、周辺のハダニ類寄生株への移動は長期間、認められなかった。その結果、ハダニ発生密度指数が高まり4月6日には50%を超えた。スパイカルは5月に入ってようやく分布域を広げた。
(3)線虫寄生株
 第1図の加温ハウスの項で述べたが、ネグサレセンチュウに寄生され、生育が抑制されたイチゴの株は、ハダニ類の被害が著しくなる一方で、スパイカルの定着が鈍い傾向にあった。
 カブリダニはハダニ類が寄生することで、植物体が出す揮発性物質に誘因されることが報告されているが、線虫に寄生された株では、誘因物質の発現になんらかの影響があるのか、今後も検討を加えていきたい現象であった。
(4)放飼頭数
 ハダニ類が発生するまでの時間を十分確保し、敷きワラ等によりスパイカルが圃場全体に分散して、待ち受け効果を発揮できる環境づくりができれば、放飼頭数は少なくてもよいと思われる。しかし、放飼時にすでにハダニ類が発生している条件下では、6,000頭/10a以上の放飼頭数を確保しないと定着が遅れ、さらに農薬散布のリスクが加わると、スパイカルの増殖が妨げられハダニ類の被害を助長してしまう結果となった。


▲第5図 敷きワラ無処理のパイプハウス 2,000頭/10a放飼区


▲第6図 硫黄粉剤を処理した圃場での分布図



7.スパイカルを利用したイチゴのハダニ対策

これらの結果をもとに、スパイカルを用いたイチゴのハダニ対策を以下のように組み立てた。
(1) 線虫対策としての土壌管理。
(2) 補植による病害虫の持ち込みを防ぐための健苗育成。
(3) 圃場周辺の雑草防除の徹底。
(4) アブラムシ類防除のためのアセタミプリド粒剤の定植時植穴処理の実施。
(5) 保温開始後、ビフェナゼートフロアブル剤を散布。但し、ハダニ類が未発生であることが確認できれば不要である。
(6) ベッドに敷きワラを処理。
(7) 頂花房開花期にスパイカルを10a当り1ボトル放飼。但し、敷きワラ処理をしない場合、あるいは⑤の殺ダニ剤散布を行なわない場合は、頂花房開花期から1週間おきに3回、10a当り3ボトル程度の放飼頭数を確保した方が、良いと思われる。
(8) 他の病害虫に対する農薬はスパイカルに影響のないものを使用する。



8.おわりに

 天敵の魅力は、自己増殖して害虫密度を経済的被害水準以下に維持してくれる点にある。しかしその能力を発揮させるには、天敵に適した環境づくりや、密度バランスのコントロールが必要である。その意味でモニタリングは究めて重要だが、実際の生産現場で、生産者がモニタリングをしながら天敵にあった環境を作ったり、放飼のタイミングや、時には農薬の使用を決断したりということは、非常に困難である。
 2年間にわたってスパイデックスとスパイカルの現地試験を行なった結論として、スパイカルは、モニタリングができない生産者でも、一定の環境条件を整えてやれば、素晴らしい働きをする天敵であることが確認できた。そして農薬のリスクから解放された圃場では、他の土着天敵も活動し、さらには翌年の作付けにも生存が維持される可能性まで見出せた。
 また一方で、ハダニ類がイチゴの生育や収量に影響を及ぼす密度が、従来思っていた以上に高いレベルにあることも確認できた。そして果実に直接的被害を及ぼすスリップス類や、外観品質を落とすアブラムシ類の対策の方が、むしろ重要な課題であることが伺えた。今後はスパイカルを核として、スリップス類やアブラムシ類を含めたIPMを組み立てていきたい。

(埼玉県東松山農林振興センター)

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