セイヨウオオマルハナバチと外来生物法
農薬ガイドNo.112/B(2007.4.20) - 発行 アリスタ ライフサイエンス株式会社 筆者:尼子 直輝
この号のTOPに戻る
 セイヨウオオマルハナバチは、ヨーロッパ原産のマルハナバチの一種である。ヨーロッパで増殖されたものが商品として流通し、トマトなど農作物の授粉(交配)用に利用され始め、日本には1990年代の初めに導入された。このハチの利用により、ホルモン処理といった作業の省力化や農作物の品質向上が図られ、現在ではトマトの施設栽培面積の約4割に導入されている。
 農家で使われたセイヨウオオマルハナバチがビニルハウスの外に逃げ出すと、日本のマルハナバチに授粉してもらっていた植物の繁殖を妨げたり、日本のマルハナバチと巣穴を巡って競合したり、日本のマルハナバチと交尾したりすることが明らかになってきた。このため、セイヨウオオマルハナバチは平成18年9月1日に外来生物法に基づき特定外来生物に指定された。ここでは、指定の経緯と指定に伴う規制の内容について紹介する。

セイヨウオオマルハナバチの生態系への影響

 外来生物法は、正式には「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律」という名称で、生態系、人の生命・身体、又は農林水産業に被害を及ぼし、または及ぼすおそれのあるものを「特定外来生物」に指定し、これらの飼養、栽培、保管、運搬、輸入、譲渡し、譲受け、野外への放出を禁止している。特定外来生物の指定に当たっては、学識経験者の意見を聴くことになっており、環境省と農林水産省では、特定外来生物等専門家会合を設置して、指定することが適当な種を選定している。法律の施行時(平成17年6月1日)に37種類、第二次指定(平成18年2月1日)において43種類が指定され、平成18年9月1日に、セイヨウオオマルハナバチを含む3種類が指定された。
 セイヨウオオマルハナバチについては、特定外来生物等専門家会合の下にセイヨウオオマルハナバチ小グループ会合を設け、野外調査に基づく審議を重ねた上、生態系に被害があるとの結論を得て指定されたものである。セイヨウオオマルハナバチが農業生産の場から野外に逃げ出すと、下記のような影響を及ぼすことが分かってきた。

① 日本のマルハナバチと共生関係にある植物は、日本のマルハナバチの長い舌に合わせ、花の奥のほうに蜜腺をもっている。ここに日本のマルハナバチが訪花すると、うまく授粉が行なわれるが、セイヨウオオマルハナバチが訪花すると、舌が短いため花の正面から蜜を吸わず、花の基部に外からかじって穴を開け、蜜を吸う。これは植物の授粉に貢献せず、蜜だけをとっていく行為なので、盗蜜と呼ばれている。盗蜜の行なわれた花は結実率が低く、繁殖に悪影響が出ていることが示された。

② セイヨウオオマルハナバチが野外で見られる場所では、日本のマルハナバチが年々少なくなっており、ほとんどセイヨウオオマルハナバチに置き換わってしまったところもある。これは、セイヨウオオマルハナバチの女王が日本のマルハナバチより早く冬眠から覚め、巣作りに適した地面の穴を先に占めてしまうからではないかと考えられている。巣作りが出来なくなった日本のマルハナバチは、繁殖を行なうことができない。

③ 日本のマルハナバチの女王を調べると、セイヨウオオマルハナバチのオスと交尾している個体がいることが分かった。交雑個体は発生段階で死んでしまうため遺伝子汚染の問題はないのだが、セイヨウオオマルハナバチと交尾した日本のマルハナバチは子孫を残せず、不妊化されることになる。

 これらの問題は、セイヨウオオマルハナバチが定着していない場所であっても、農業生産の場から新たな個体が絶えず供給されているような場所であれば、同じように発生すると考えられる。
 なお、諸外国の事情を見てみると、世界の多くの国でセイヨウオオマルハナバチが農業利用されているが、アメリカ、カナダではセイヨウオオマルハナバチの輸入は禁止されており、アメリカ在来のマルハナバチが農業に使われている。オーストラリアでは、輸入できる生物のリストに入っていないが、何らかの理由でタスマニア島において野生化したものが分布を拡大している。農業団体からは農業利用目的でオーストラリア本土への輸入の申請があり、その可否について検討されているところである。


▲第1図 ハウス出入り口へのネット展張の例

特定外来生物に指定されたセイヨウオオマルハナバチの取扱い

 特定外来生物は、その飼養等(飼養、栽培、保管、運搬)が禁止されるが、学術研究や生業の維持の目的であれば、逸出しない施設の中で、許可を得て飼養等ができる。特定外来生物のうち、アライグマなど農林水産業に被害を及ぼすものは農林水産省との共管になるが、セイヨウオオマルハナバチは農林水産業に被害を及ぼすものではないので、許可事務は環境省のみが行なっている。

 農業にセイヨウオオマルハナバチを使用することは、生業の維持の目的に合致すると考えられるので、ビニルハウス等の施設から逸出しないよう、開口部へのネット展張などの措置をした上で(第1図、第2図)、全国に11ヵ所ある地方環境事務所等に申請書を提出してください。現在、JAやマルハナバチ取扱業者に、農家からの申請を取りまとめて提出していただくようにお願いをしている。
 セイヨウオオマルハナバチの飼養等施設が満たさないといけない基準は、環境省告示に定められているが、具体的にビニルハウスや巣箱がどういう構造になっていればよいのかを説明したものが、平成18年9月1日に公開した「セイヨウオオマルハナバチ飼養等許可申請書作成の手引き」に掲載されている。この手引きは、インターネットからもダウンロードできる(http://www.env.go.jp/nature/intro/6maruhana.html)。

 申請をして許可を得た後には、飼養等施設(ビニルハウスや巣箱)に、許可を得たことを示す標識を掲出し、その写真を届け出るとともに、その後のセイヨウオオマルハナバチの購入や処分の記録を台帳につけ、1年毎に地方環境事務所等に提出してもらっている。ハチを野外に逃がすこと、許可を得ず使用すること、許可を得ていない農家に販売・譲渡すること等は禁止されている。使用済みの巣箱は、中でまだ生きている個体を完全に殺処分してから廃棄する。


▲第2図 ハウス天窓へのネット展張の例

今後の展望

 農業生産の場からのセイヨウオオマルハナバチの逸出は、今後なくなるものと思われる。これにより野外で確認される個体数がどのように変化するかを注視していくことが必要である。また、既に野外個体が繁殖しており、分布を拡大させているという場合には、防除を行ない被害を防ぐことが必要である。防除手法については、フェロモントラップなども研究されているところであるが、現在は北海道でボランティアによる捕獲がなされている。
 セイヨウオオマルハナバチの代替として、日本のマルハナバチも商品として流通している。現在、在来マルハナバチの中で流通しているクロマルハナバチは外来生物法の規制対象ではないが、日本にはクロマルハナバチがもともと分布しない地域もあり、そういった地域で逸出するとセイヨウオオマルハナバチと同様の生態系への被害を及ぼすおそれもあること、また、クロマルハナバチがもともと分布している地域であっても、人為的な個体数の大幅な増加などが天然の在来マルハナバチ相に影響を与えるおそれがあることから、クロマルハナバチを利用する際にも、逸出防止措置を取っていただく必要がある。これには、高価な農業資材であるマルハナバチを逃がさないという利点もある。

 農業という産業が持続的に発展するためには、生産基盤である環境の保全に配慮が必要である。農薬の使用について、適正な管理を行ない拡散防止を図ることで生態系に及ぼす被害を軽減しているのと同様に、授粉昆虫に対しても野外への逸出を防ぐ注意を払う必要がある。

(環境省自然環境局野生生物課外来生物対策室)

▲このページのTOPへ


この号のTOPに戻る

Arysta LifeScience Corporation