はじめに
                        「安全・安心農産物の生産」に対する要求は消費者だけでなく、生産者からも年々高まっている。イチゴは周年栽培で、収穫期間も11月から翌年5月までの7ヵ月間と非常に長く、病害虫防除が安定生産に必要不可欠である。しかし、薬剤散布に当たっては、収穫果実の汚れやミツバチへの影響を考慮する必要がある。また、生産者の高齢化や病害虫の薬剤感受性の低下等により、散布作業や農薬選定等に伴う負担が大きくなっているのが現状である。 
                     したがって、化学的防除法(薬剤散布)だけに頼らない病害虫防除技術の確立は、生産現場にとっても非常に重要であると言える。そこで、今回は2006年度(平成18年度)に行なった天敵を利用した効率的な防除法に関する実証試験をハダニ類防除とアブラムシ類防除について取り組んだ。 
                     
                     
                    
                       
                         
                            ▲第1図 育苗中のイチゴ苗(左)とミヤコカブリダニ(商品名:スパイカル)の放飼(右) | 
                       
                     
                    
                     
                    育苗期からのカブリダニ類放飼
                     ハダニ類については、近年の高温傾向と薬剤感受性の低下により、育苗期からの発生数が顕著に増加している。その結果、定植初期からのハダニ類の個体数が多く、本田期での被害が増加しているのが現状である。そこで、実証試験として、炭疽病対策で導入が進んでいる雨よけ育苗施設において、育苗期にミヤコカブリダニ(製品名:スパイカル)を放飼した。また、天敵の定着促進効果を図るためわら縄の設置も併せて行なった(第1図)。 
                       調査については、イチゴの1小葉を100枚採取し、実体顕微鏡下でハダニ類とミヤコカブリダニの個体数を調査した(第2図)。 
                       
                     
                    
                       
                         
                            ▲第2図 実体顕微鏡による調査 右はミヤコカブリダニ | 
                       
                     
                    
                       
                       その結果、育苗期においてハダニ類の個体数を十分に抑えることができ、定植後の本田期においても定期的な天敵放飼と薬剤散布1回のみで5月まで十分に防除することができた(第3図)。 
                       使用上の注意点としては、天敵に影響を及ぼす合成ピレスロイド系やカーバメート系薬剤の使用を避けて、影響の無い薬剤を選定する必要がある。 
                     
                    
                       
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                        | ▲第3図 育苗期におけるハダニ類およびミヤコカブリダニの個体数推移 | 
                       
                     
                     
                    
                    本田期におけるバンカー植物法によるアブラムシ類防除
                     「バンカー植物法」は、あらかじめ圃場内で作物を加害しない天敵の代替餌を維持しておくバンカー植物を導入し、本圃の作物を加害する害虫が発生した場合、素早く対応できるように、常に天敵の密度を維持させておく手法である。イチゴ栽培においては、代替餌にムギクビレアブラムシ、バンカー植物として主にムギを使用する。 
                       イチゴに加害するアブラムシ類が発生した場合、バンカー植物に定着した天敵のコレマンアブラバチが素早く対処し、被害を未然に防ぐことができるという仕組みである。 
                       従来の天敵放飼に比べて、害虫密度を調査する必要がなく、天敵の定着状況を容易に確認することができる。バンカー植物法を導入して、本田期におけるアブラムシ類の発生は確認されず、十分な防除効果を得ることができた。取り組み概況については以下の通りに行なった。 
                      
                     
                    導入に関するスケジュール
                    (1)バンカー植物設置 
                       バンカー植物設置については第5図のように10a当り6ヵ所程度設置した。各設置区に10月上中旬にそれぞれムギ種子を5~8g程度直播きした(高設栽培については、プランターへムギを播種する)。ムギは播種後1週間程度で発芽する。 
                      (2)代替餌「ムギクビレアブラムシ」(製品名:アフィバンク)の増殖 
                       アフィバンクについては、本圃とは別にバンカー植物を管理し、これにアフィバンクを接種した。その際は他の天敵(ナナホシテントウやヒラタアブ等)が入らないように防虫ネットやビニル被覆等を行ない管理する必要がある。 
                      (3)アフィバンクの接種 
                       ムギの草丈が15~20㎝程度に生育したら、代替餌を接種する。この作業を行なった約2週間後に天敵製剤が届くように発注する。 
                      (4)天敵「コレマンアブラバチ」(製品名:アフィパール)の放飼 
                       今回の試験では天敵製剤は10a当り1本放飼し、バンカー毎にアフィパールを空き容器に小分けにして設置した。灌水の際に容器に水が溜まらないように注意する必要がある。放飼3週間後にマミーが確認されるようになる(第7図)。 
                      (5)バンカー植物の更新 
                       10月上中旬に播種したムギ類は3ヵ月程度経過すると、硬くなり代替餌が増えにくくなり、その結果、天敵の定着が悪くなる。したがって、代替餌の個体数が減少した場合、バンカー植物を設置面積の半分程度刈り取り、新たにムギを播種して更新する。
                     
                    
                    
                     
                     
                    
                 
                     
                     
                    
                       
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                        ▲第6図 代替餌「ムギクビレアブラムシ」 
                                (商品名:アフィバンク)の接種 | 
                       
                     
                    
                     
                     
                    
                       
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                        | ▲第7図 バンカー植物上での代替餌と天敵の定着状況 | 
                       
                     
                    
                     
                    導入に当たっての注意点
                     バンカー植物法を実施しても、十分に機能していない場合は、本圃でアブラムシ類が発生し、果実への被害が出る場合がある。 
                       十分に機能させるために、導入前と導入後は以下の点に注意する。 
                      (1)導入前のアブラムシ類発生状況確認 
                       バンカー植物法は、既に発生が確認されている状況で導入しても、効果が現れるまでに時間を要する。天敵導入前に本圃で発生が確認されたら、事前に薬剤散布を行なう。 
                      (2)バンカー植物上の定着確認 
                       バンカー植物の地際部に代替餌とマミーが多く存在するので、定着状況を確認する。代替餌やマミーが減少した場合は、追加放飼する。第4図のように容易に定着確認できれば問題ない。また、プランターでムギを管理する際は灌水を行ない、枯死させないように注意する。 
                      (3)寄生できないアブラムシ類の発生 
                       イチゴ栽培で発生するアブラムシ類はモモアカアブラムシやワタアブラムシであるが、これらのアブラムシより大型のヒゲナガアブラムシが希に春先に発生する場合がある。その際には、薬剤散布を行なう。 
                      (4)導入後の薬剤散布について 
                       止むを得ず薬剤を散布する場合は第1表を参考に、天敵に影響の無い薬剤を選定して防除を行なう。また、アブラムシ類の防除を行なう場合は、バンカー植物にビニルを被せて薬剤の飛散を防止する。 
                     
                    
                       
                        | 第1表 天敵類に影響の小さい選択的殺虫剤 | 
                       
                       
                        
                            
                               
                                | 対象害虫 | 
                                カブリダニ類 | 
                                コレマンアブラバチ | 
                               
                               
                                | ハダニ類 | 
                                  マイトコーネフロアブル 
                                    オサダンフロアブル 
                                    ニッソラン水和剤 
                                    アカリタッチ乳剤   | 
                                マイトコーネフロアブル 
                                  オサダンフロアブル  
                                  ニッソラン水和剤  | 
                               
                               
                                アブラムシ類    | 
                                チェス水和剤 | 
                                チェス水和剤 | 
                               
                               
                                | スリップス類 | 
                                マッチ乳剤 
                                  カスケード乳剤 
                                  スピノエース顆粒水和剤  | 
                                マッチ乳剤 
                                  カスケード乳剤 | 
                               
                               
                                | 鱗翅目害虫 | 
                                  マッチ乳剤 
                                    カスケード乳剤 
                                    トルネードフロアブル 
                                    プレオフロアブル   | 
                                マッチ乳剤 
                                  カスケード乳剤 
                                  トルネードフロアブル 
                                  プレオフロアブル  | 
                               
                             
                            | 
                       
                      
                        | 「平成19年度 野菜病害虫・雑草防除の手引き(福岡県)」より | 
                       
                     
                   
                    最後に
                     今後は、今年度の実証試験をもとに天敵導入のコスト削減や薬剤散布の組合せを精査し、IPM(総合的病害虫管理)を確立させて、イチゴの安定生産と産地の活性化を図って参りたいと考えている。 
                     
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