施設野菜のモモアカアブラムシ・ワタアブラムシ防除のためのバンカー法マニュアル
農薬ガイドNo.113/A(2007.10.10) - 発行 アリスタ ライフサイエンス株式会社 筆者:長坂 幸吉
この号のTOPに戻る

はじめに

 バンカー法は、施設栽培における長期継続的な天敵放飼法として、天敵を養うためのバンカー(=banker、天敵銀行)を用いる技術である。害虫の発生前から、害虫に代わる天敵の寄主あるいは餌(=代替寄主・代替餌)、および、それが寄生する植物(=バンカー植物)とともに、天敵を導入し、天敵の開放型飼育システム=バンカーを確立しておく。これにより、害虫の侵入時にはすでに天敵が存在し、害虫発生初期の低密度状態で天敵が働くことになる。したがって、バンカー法が理想的に機能している場合には、対象害虫への農薬は無散布か部分散布のみとなる。生産者にとっては、農薬散布作業の軽減のみならず、受粉昆虫や他の天敵の働きを阻害する要因を減少させることができ、生産の安定化につながる。このバンカー法は、微小で増殖が早いために防除適期あるいは天敵放飼適期を見逃しやすい害虫に対する長期継続的な防除手段として有効と考えられる。
 施設野菜で問題となる害虫、モモアカアブラムシとワタアブラムシに対して、天敵コレマンアブラバチ、代替寄主ムギクビレアブラムシ、バンカー植物ムギ類を使ったバンカー法(第1図)は、ヨーロッパにおいて施設キュウリのワタアブラムシ対策として1990年代に研究された系であり、現在では実用化されている。日本においても、一部の篤農家によりいち早く導入されるとともに、アザミウマ対策としてタイリクヒメハナカメムシを利用するナス、ピーマン産地で採用されている(長坂ら、2003,2006,2007)。近年の本誌の中でも、斉藤(2005、No.110/B)がキュウリにおける事例を解説しているほか、田口(2005、No.109/A)がトマトでの利用について触れている。
 本稿では、高知県のナス、ピーマン等の促成栽培施設で実施したバンカー法の手順を概説する。4年間にわたる実証試験を高知県農業技術センターの高橋尚之氏および安芸農業改良普及センター(当時の名称)の岡林俊宏氏(現在高知県農林水産部)らとともに実施し、そこでの失敗事例、成功事例をもとにまとめた方法であり、参加した生産者のうちの8割以上の方に満足のいく結果を得たものである(長坂ら、2007)。


▲第1図  バンカー法の仕組み
施設野菜で問題となるモモアカアブラムシ、ワタアブラムシ対策として、
天敵コレマンアブラバチを用いたバンカー法の仕組み

事前準備

 対象とする作目、作型において、例年の害虫の発生消長を調査しておく。農薬使用量が減少すると、潜在的な害虫が顕在化してくるので、先行的事例に注意して、各種害虫の総合的な防除計画を検討しておくことが大切である。
 事前に入手時期を考えておく資材は、ムギ類の種子、ムギクビレアブラムシ、コレマンアブラバチ製剤である。ムギ類はオオムギ、コムギ、エンバクなどマルチ用や緑肥用の市販種子でよい。ムギクビレアブラムシ(Rhopalosiphum padi (L.))は、市販品では「アフィバンク」がある。コレマンアブラバチ(Aphidius colemani Viereck)の製剤は数社が販売している。
 作業の順序は、ムギ類播種→ムギクビレアブラムシ接種→コレマンアブラバチ放飼であるが、実施スケジュールを考える順序は、日程を逆算しながら、コレマンアブラバチが必要な時期→コレマンアブラバチ放飼時期(定着までに2週間程度必要)→コレマンアブラバチ注文時期→ムギクビレアブラムシ接種時期(25℃、2週間で50~80倍)→ムギクビレアブラムシ注文時期→ムギ類播種時期となる。実施スケジュール例として、高知県安芸市の2003年度版を第2図に示す。


▲第2図 バンカー法実施スケジュールの例  (高知県安芸市2003年度版)

作業手順

(第3図、第4図)
①10a当り4~6ヵ所にムギ類の種を蒔く。1ヵ所当り直播き1mまたはプランター1個、種子は1ヵ所当り約5g、天窓下等に分散して配置する。
②1~2週間後(草丈10~15cm程度)、ムギクビレアブラムシをバンカー植物に接種する。
③それから1~2週間後、バンカー植物上でムギクビレアブラムシが十分増殖(平均10匹/茎以上)したら、コレマンアブラバチを放飼する(10a当り1~2ボトル、バンカーの設置数に小分けして放飼)。
④1~2ヵ月後マミーが目立つ一方で、ムギクビレアブラムシが見られなくなる場合には、ムギクビレアブラムシを追加接種する。
(バンカーの更新が必要な場合)
⑤播種後3ヵ月程度して、ムギ類が硬くなり、ムギクビレアブラムシが減少してきたら、新たにムギ類の種を蒔く。(プランターまたは直播き、1ヵ所当り種子約5g)
⑥1~2週間後、ムギクビレアブラムシを接種する。コレマンアブラバチが多い場合には、網掛け(0.6mm目合い以下)で保護する。
⑦網掛け保護した場合には、約2週間後にムギクビレアブラムシが十分増殖したのを確認して、網をはずす。(以後、⑤~⑦を繰り返す)

ムギ類が10~15㎝に育ったら(A)、ムギクビレアブラムシのついたムギ類(B)を置く、あるいは植え込んで、ムギクビレアブラムシを接種する(C)。
それから1~2週間後、ムギクビレアブラムシが株元に定着したら、コレマンアブラバチを放飼する(D)。放飼後2週間程度で、マミー(図中矢印)ができはじめたことを確認する(E)。その後は、株元でムギクビレアブラムシとマミーがそこそこいる状態(F)を保つ。このために、様子を見ながら、ムギクビレアブラムシの追加や、ムギ類の更新をする。
▲第3図 バンカー法の実施手順概略



▲第4図 促成栽培ナス施設でのバンカー設置の様子

防除成否の判定と問題点への対応

① バンカー法がうまくいっている場合には、アブラムシ類の発生にほとんど気づかない。アブラムシ類のコロニーが小さいうちに、コレマンアブラバチの寄生によりコロニーがつぶされてしまう結果、マミーが所々に見られるのみとなる。
② 一方、この現象から、アブラムシ類の侵入が無く、発生の少ない年であると誤認してはいけない。アブラムシ類の侵入の危険がある時期が終了するまではバンカーの管理をきちんと行なうようにする。
③ バンカー法を実施していても、アブラムシ類のコロニーができ、有翅虫が生じたり、甘露ですす病が出始めたときには、何らかの原因でバンカーがうまく機能していない可能性がある。
 その原因としては以下が考えられる。
 a) バンカー設置のタイミングが遅れた。(アブラムシ類の侵入より前に天敵の定着ができなかった。)
 b) 二次捕食寄生蜂が侵入した(第5図)。
 c) コロニーを作っているアブラムシ類がジャガイモヒゲナガアブラムシやチューリップヒゲナガアブラムシである(第6図)。
 d) バンカー設置数の不足。
 e) バンカー設置場所が分散されていない。
 f) 天窓、側窓に防虫ネットが施してないなど、アブラムシ類の侵入量が多すぎる。
④ 対処策としては、早めに発見して天敵に影響の少ない農薬(ピメトロジン剤等)を発生株とその周辺株に散布する。有翅虫が多く出ている場合には全面散布が必要なこともある。農薬を使用する場合には、バンカーをビニール等で覆うようにする。プランターを利用している場合には、一時的に農薬のかからない場所へ移動する。アブラムシ類の密度を低下させた後に、あてはまる原因への対応を行なう。
⑤ 天敵のアブラバチ類に寄生する二次捕食寄生蜂が多い場合には、マミーが数多く生じているにもかかわらず、アブラムシ類の発生が拡大していく。こうした二次寄生蜂はアブラムシ体内にいるアブラバチ幼虫に寄生し、殺してしまうために、マミーからは二次寄生蜂の成虫が羽化してくる。マミーに大きな穴が目立つ場合には、付近にいる蜂が、コレマンアブラバチか二次寄生蜂か見分けるようにする(第5図)。ハウスの窓を開放する時期には特に注意する。日本にはこうした二次寄生蜂は8種存在する。
⑥ ジャガイモヒゲナガアブラムシやチューリップヒゲナガアブラムシにはコレマンアブラバチが寄生しない(第6図)。したがって、早めに発見して、天敵に影響の少ない農薬の部分散布を行なう。
⑦ 二次寄生蜂が増加した場合(⑤)、あるいはヒゲナガアブラムシ類が発生した場合(⑥)には、天敵をコレマンアブラバチから捕食性天敵(ショクガタマバエ製剤など)に切り替え、そのままバンカー法を継続することも可能である。(詳細は検討中。)


腹部がスマート きれいな切り口、ふたがついていることが多い   腹部がずんぐり 大穴で、ギザギザの切り口
▲第5図 コレマンアブラバチ(左:2枚)と二次捕食寄生バチ(右:2枚)の比較
二次寄生蜂はアブラムシ体内にいるコレマンアブラバチの幼虫に寄生して殺してしまう。そのため、マミーからは二次寄生蜂の成虫が羽化してくる。二次寄生蜂が多いと、マミーがたくさん出来ていても、アブラムシの発生が拡大していく。


▲第6図 コレマンアブラバチが寄生できないチューリップヒゲナ ガアブラムシとジャガイモヒゲナガアブラムシ

おわりに

以上が概略であるが、詳細については「アブラムシ対策としてのバンカー法マニュアル(技術者用)」を参照していただきたい。これは近畿中国四国農業研究センターのホームページ(http://wenarc.naro.affrc.go.jp/tech-i/tech_index.html#yasai)からダウンロードできる。
ただし、細かいことにとらわれずに、各地域での作目毎の栽培管理の中に無理なく取り入れていけるように工夫していただきたい。基本は2つ、①天敵で害虫を「待ち伏せ」することと、②その待ち伏せ状態が機能しているかどうかきちんと「観察」することである。
一方、研究機関においては日本在来の天敵を用いたバンカー法が検討されている。ここで紹介した技術が基礎となり、速やかな研究開発と普及がなされることを期待する次第である。

(近畿中国四国農業研究センター、現所属は中央農業総合研究センター)

参考文献
長坂幸吉・大矢愼吾(2003)バンカー植物の活用-アブラバチ類-.植物防疫57:505-509.
長坂幸吉ら(2006)コレマンアブラバチを用いたバンカー法によるナス科施設野菜のアブラムシ防除.農業技術61:196-200.
長坂幸吉ら(2007)バンカー法によるアブラムシ対策.技術と普及44:32-37.

▲このページのTOPへ


この号のTOPに戻る

Arysta LifeScience Corporation