長野県のブドウにおける

チャノキイロアザミウマの発生消長と防除法

笹脇 彰徳

- アリスタ ライフサイエンス農薬ガイドNo.76/A (1995.7.1) -

 



長野県でブドウは、リンゴに次いで栽培の多い果樹である。その栽培面積は、果樹全体の約13%(2,470ha)、販売額では約16%(86億8千万円)を占めている。ブドウの販売額に占める割合が、栽培面積の割合より高くなっているのは、県内果樹の中でブドウが最も面積当りの生産額が高い品目となったからである。これには、品種構成の変化が大きく関係している。過去を振り返ってみると、1970年にはデラウエアの栽培が最も多く、ブドウ全体の約45%を占めていた。その後単価の高い巨峰の栽培が爆発的に増加し、1975年にはデラウエアの栽培面積とならび、1993年にはブドウ全体の約77%を占めるまでとなった(第1図)。巨峰はブドウの中でも高級なブドウとしての感が強く、果実内品質のみならず、外観品質についても高いレベルのものが求められる。


第1図 長野県におけるデラウエアと巨大峰の栽培面積の推移

ブドウ害虫の中で長野県で問題となるのはチャノキイロアザミウマ、ナミハダニ、ブドウネアブラムシと少ないが、中でも果粒や穂軸に被害を出し、外観品質を損ねるチャノキイロアザミウマは、最も防除上重要な害虫として、位置付けされる。また近年では、薬剤による果粒の汚れや果粉(ブルーム)の溶脱(ここでは果粒表面の果粉の乗りが悪くなることをこう呼ぶ)が、出荷等級を決める大きな要素の一つとされている。そのため、薬剤については防除効果のみならず、汚れや果粉溶脱との関係についても検討が必要となってきている。ここでは、これらのことをふまえて、長野県の巨峰におけるチャノキイロアザミウマ防除の基本的な考え方について述べてみたいと思う。


第2図 黄色トラップによるチャノキイロアザミウマの誘殺消長


チャノキイロアザミウマによる巨峰の被害


着色前の果粒の被害


葉の被害

ブドウ園でのチャノキイロアザミウマの発生消長

長野県では、昭和40年代後半頃から巨峰でチャノキイロアザミウマの被害がみられるようになった。それ以前は、先に述べたように主要栽培種がデラウエアであったため、本種の被害はほとんど目立たなかったものと考えられる。その後、巨峰の栽培面積が増加するにしたがって、被害の発生が県内各地から報告されるようになった。

本県のチャノキイロアザミウマの発生消長については、黄色トラップを用いて調査してきた。その結果を第2図に示した。ブドウ園での本種の誘殺は、開花前の6月初め頃からみられる。誘殺数については、6月から7月初めにかけて少ないが、7月中旬以降から本格的に増加し、8月下旬頃にピークとなる。その後9月中旬頃から減少し、10月頃にはほとんど誘殺されなくなる。この発生消長からチャノキイロアザミウマの防除は、成虫の誘殺が始まる6月上旬頃から実施する必要があり、特に誘殺数の増加初期にあたる7月上中旬は重要であると考えられる。


チャノキイロアザミウマによる穂軸の被害と果粒の被害


チャノキイロアザミウマ(幼虫)


チャノキイロアザミウマの防除時期

チャノキイロアザミウマの防除時期を検討する上で、巨峰の生態と栽培上の作業について知っておく必要がある。第3図に示したように、落花期以降に巨峰栽培で非常に労力のかかる摘房、摘粒(1果房30~35粒に粒数をそろえる)の作業を行なう必要がある。この作業が順調に進めば7月中旬頃には袋掛けが始まるはずであるが、リンゴの摘果と作業が重なるため、どうしてもブドウの袋掛けが遅れ、7月下旬になるのが現状である。この袋掛け後には袋内に薬剤がかからない。そのため、防除は袋掛け前のチャノキイロアザミウマの増加期にあたる7月中旬頃に実施したいところである。しかし、この時期の防除は非常に問題がある。7月上旬以降の果実肥大期に薬剤を散布すると、薬剤による果粒の汚れや果粉の溶脱が著しくみられる。このような理由から、袋掛け前の散布は7月上旬までに切り上げる必要がある。

これらの条件の中で、有効な防除時期を検討するため開花直前、落花直後、7月上旬の3回の防除時期の組み合わせについて試験を実施した。その結果、7月上旬の防除を組み入れた区が非常に防除効果が高く、この時期が本種を防除する上で最も重要な時期と考えられる(第1表)。これは発生消長から推察された時期とも一致している。また、開花前後の防除も無処理と比較すると効果があることから、本県の防除基準では、落花直後と7月上旬の2回をチャノキイロアザミウマの防除適期としている。


第3図 露地栽培巨峰の生態と栽培管理作業


試験区
(散布日)

調査
果房数

穂軸の被害程度

被害穂軸率(%)

被害度

 A(6/3,6/19) 140 47 73 15 5 66 17.6
 B(6/3,7/6) 128 96 26 6 0 25 5.7
 C(6/19,7/6) 131 101 29 1 0 23 4.1
 D(無散布) 147 13 80 33 21 91 34.6

(注)アディホン水和剤2,000倍散布。調査は日植防調査基準に準じた。
6/3:開花直前 6/19:落花直後



薬 剤 名

濃 度

果粒汚れ

果粒溶脱

備 考

 ペルメトリン水溶液 2,000倍 1.59 1.88  汚れあり、溶脱は小斑点
 トラロメトリン
フロアブル
2,000 0 3.17  溶脱は小~中斑点
 シブルトリンEW 2,000 0 3.31  溶脱は大斑点
 フルバリネートEW 8,000 0 3.57  溶脱は大斑点
 フルシトリネートME 1,000 0 2.38  溶脱は小~中斑点と渦状
 展着剤(アグラー) 5,000 0 3.00  溶脱は渦状
 無散布 - 0 0  

第2表 殺虫剤によるブドウの果粒の汚れ、果粒溶脱

程 度

果粒面の発生割合

0

 無

1

 ~1/4

2

 1/4~1/2

3

 1/2~3/4

4

 3/4~1

調査基準


散布時の果粒
(縦×横)

剤 型

希 釈

果粒の汚れ

果粒溶脱

倍 数

 3.7mm×3.2mm 水和剤
プロアブル
2,000 0 0
1,500 0 0
 9.2mm×8.5mm 水和剤
プロアブル
2,000 0 0.5
1,500 0 1.4
 20.7mm×17.8mm 水和剤
プロアブル
2,000 1.3 1.1
1,500 0 2.8

(注)薬剤はペルメトリン。調査基準は第2表と同様。



薬剤と果粒の汚れ、果粉の溶脱

巨峰の場合は、果実が黒紫色に着色することから、薬剤散布によるキャリア等の白色の汚れが目立ちやすい。防除時期の項で述べたように、果実の汚れ回避のため本県では、袋掛け前の防除を7月上旬、果粒の大きさでみると縦径約10mmまでに切り上げるように指導している。しかし、この時期の果粒の肥大は非常に著しく、落花以降に2回防除を実施しようとすると、どうしても2回目の防除時期が遅れる傾向にあるのが現状である。そこで汚れの少ないフロアブル剤が使用されるようになった。これで、確かに汚れについては解決したが、一方でこの剤型の薬剤は、ほとんどが果粉溶脱を引き起こしやすいことが明らかとなり、新たな問題となっている(第2表)。また第3表に示したように、同じ成分の薬剤で水和剤とフロアブル剤を比較した場合でも、フロアブル剤は汚れがみられないものの、果粉溶脱はおきやすいことが判明した。現在、汚れと溶脱のどちらも重視して薬剤を選択するかについては検討中であるが、いずれにしてもフロアブルが必ずしもブドウで使いやすい剤型とはいえない。


水和剤による果粒の汚れと果粉溶脱


プロアブル剤による果粉溶脱



オルトラン水和剤の防除効果

オルトラン水和剤は、平成7年から長野県の防除暦に採用した。本剤とすでに防除暦に採用されていた合成ピレスロイド剤やイミダクロプリドと比較すると、1,000倍でもやや劣る効果であった(第4表)。そのため、防除暦には登録濃度の範囲内の1,500倍とした。本剤の汚れや溶脱についての詳細な試験は実施していないが、効果試験の中での達観調査を行なった結果では県内で使用の多いペルメトリン水和剤と汚れ、溶脱ともに同程度であり、防除時期が遅れない限り外観品質に対する影響は、ほとんどないと推察される。使用時期としては、効果の点から本県でのチャノキイロアザミウマの2回の防除時期のうち、落花直後が適していると考えられる。

長野県において合成ピレスロイド剤は、使用地域が指定されており、指定地域外の産地ではイミダクロプリドのみにたよらざるを得なかった。オルトラン水和剤が登録されたことにより、これらの地域でも十分な防除暦が組めるようになった。

抵抗性発現の回避のためにローテーション防除を実施する上で、過去から長い間望んでいたオルトラン水和剤が登録されたことは、本県の充実した防除体系を組む上で非常に明るい材料である。

(長野県果樹試験場)

供試薬剤

希釈倍数

調査果房数

穂軸の被害程度

被害穂軸率(%)

被害度

ペルトリン水和剤

2,000倍

131

101

29

1

0

23

4.1

イミダクロプリド
水和剤

1,000

122

93

26

2

1

24

5.2

オルトラン水和剤

1,000

169

93

70

6

0

45

8.7

無処理

-

147

13

80

33

21

91

34.6


(注)散布日:6月19日、7月6日 調査日:9月17日