促成ナスにおけるマルハナバチの利用

宗円 明久

- アリスタ ライフサイエンス農薬ガイドNo.77/C (1995.10.1) -

 

 



高知県では、冬場の温暖多日照の気象条件を利用した施設ナスの栽培(面積443ha)が盛んで施設栽培面積の第1位を占める基幹品目となっている。しかし、栽培農家の高齢化・労働力不足により1戸当りの栽培面積は、現状維持が困難な状況にある。

促成ナスのホルモン処理に要する労働時間は、10a当り400~500時間(全て単花処理の場合)で作業時間の約20%を占めている。特に3月以降は開花数が増加し、ホルモン処理時間が多くかかるため、整枝や花抜き作業が不十分になり、灰色かび病の発生原因ともなり、収量および品質の低下をまねいている。ホルモン処理に要する労働時間を軽減し、その労力を整枝や花抜き作業に回すことが、ナスの品質および収量の向上をもたらし、ひいては産地の維持・拡大につながる。そこで、トマトで導入されているマルハナバチの利用が試みられた。しかし、現地試験では、満足な成績は得られなかった。

高知県立実践農業大学校では、学生のプロジェクトとして「促成ナスにおけるマルハナバチの利用」の課題に取り組んだもので、その概要について紹介する。



1.試験の概要

188平方メートルのAPハウス2棟(1棟葉マルハナバチ、他の1棟はホルモン処理)を用いた(第1図)。ハチが外へ出ないよう天窓およびサイド部を#100の寒冷紗で被覆した。台木に“ヒラナス”穂木には“はやぶさ”および“竜馬”を用いて、1994年8月15日に播種し、11月2日(育苗失敗のため遅延)に定植した。栽植密度は、畝幅165cm、株間60cmの1条植え、1.01株/平方メートルとした。

仕立て方法は、主枝3本仕立て、側枝は一芽切り返しとし、主枝の摘心は、一次分枝から24節前後とした。栽培温度については、昼温は午前28~30℃、午後26~28℃、夜温は最低15℃(慣行は無加温~12℃加温が多い)加温とした。ホルモン処理は、全期間トマトトーン50倍液の単花処理とした。マルハナバチの巣箱は1月24日と4月11日の2回導入した。


供試ハウスと担当学生




マルハナバチ設置状況




第1図 供試ハウス(188平方メートル)の平面図




第1表 マルハナバチの行動(外役回数)



2.結果および考察

(1)マルハナバチの行動

1995年1月24日午後ハチを導入し、翌25日から行動させた。午前8時にはすでにハウス内を飛び回っており活動は活発であった。すべての花にバイトマークが付いていた。これは農家での試験とは異なり、寒冷紗のためハチがハウス外へ出られないことと、ハウス面積が狭いためと思われる。 

巣箱からのハチの出入りは、午前中が多く。午後には少なかった(第1表)。

訪花回数は、1時間当り平均10回程度であった(第2表)。この表から10a当り訪花数を単純に計算すると、4月26日には551、760花、5月11日には203、040花を訪れていることになる。

整枝・摘葉が十分でない部分では、訪花しにくい傾向が認められるので、整枝・摘葉を十分に行なう必要があると思われる。


バイトマーク(左)とマークのついていない花(右)




第2表 マルハナバチの訪花行動



(2)収量および品質

ハチ放飼後開花結実した果実では、ホルモン処理に比べ、収量および品質の差は認められなかった(第3表)。

農家での試験では、着果率および品質ともに極端に低下する時期があったが、本試験では安定的に着果し、品質(果形、色、艶)も優れていた。


第3表 収量および品質



(3)果実肥大

開花から収穫までに要する日数は、ハチ区とホルモン処理区とのあいだには、ほとんど差がなかった(第4表)。

収穫果率は、ホルモン処理区では中花柱花と短花柱花との差は少なかったが、ハチ区においては短花柱花の収穫果率は極端に低下した。これは花器の構造上、柱頭に花粉か付きにくいのか、雌ずいの受精能力が低いためなのか解明する必要がある。

また、果実の肥大は着果量、樹勢、天候等により異なるので、全期間を通じての調査が必要と思われる。なお、農家での現地試験では、ハチ区はホルモン処理区に比べて、収穫までに2~3日多くかかった。


第4表 果実肥大
 
訪花の状態
 
左:トマトトーン、右:マルハナバチ(品種はやぶさ)

第5表 果実特性



(4)果実特性 

果形については、ホルモン処理区の頂部が尖っているのに対し、ハチ区は花痕部がやや大きく、へこみが見られた。また、ホルモン処理区はやや細長い形状であった(第5表)。

果実内部の特徴は、ホルモン処理区の種子は小さく少ないのに対し、ハチ区の種子は大きく多かった。しかし、通常の収穫時期(65~75g)では、問題となる差ではなかった。


(5)食味

「塩揉み」で食味を検討した結果、ホルモン処理区では少し「苦み」が感じられたが、ハチ区では「苦み」はなくマイルドな味であった。

「煮物」では、差がなかった。

いずれも、種子の存在は気に掛からなかった。


(6)病虫害防除

2週間に1回の防除でも病虫害の発生は少なく、果実の品質上の問題はなかった。


(7)巣の寿命

ナスは花粉量が多く、わずか144株でも乾燥花粉で生花粉の不足を補う必要はなく、2カ月半は授紛に利用できた。


(8)経済性

1日当り労賃5,000円、トマトトーン205円/20ml、開花数300花/株、トマトトーン噴霧量0.5ml/花、マルハナバチ代金30,000円/箱、マルハナバチ購入回数4回(2.5カ月に1回)と仮定すると、次のとおりである。

マルハナバチ1箱で10a授紛と仮定すれば、ホルモン処理時間200時間の場合でも経済的に成り立つ。5aに1箱と仮定すると、340時間で採算がとれる。マルハナバチで授紛させた場合、ホルモン処理と比較して、萎れた花弁が自然に落下しやすく、「花抜き」の労力も節減できるので、メリットはそれ以上に大きいものと思われる。

また、この試験では花粉の稔性を高めるため最低夜温15℃と、慣行の加温温度(8~12℃)よりも高めの温度設定とした。夜温15℃は12℃に比べて、10a当り重油を4kl多く必要とするが、重油1リットル35円、ナス1kgの手取り額を280円とすれば収穫労賃も含め10a当り600kgの増収で経済的に成り立つ計算になる。また、夜温を高くすれば灰色がび病の発生が少なくなるメリットもある。



3.今後の課題

ハチ利用可能な経済的最低夜温の解明。

(高知県立実践農業大学校)