天敵を上手に使おう

大野 和朗

- アリスタ ライフサイエンス農薬ガイドNo.77/E (1995.10.1) -

 

 



はじめに

この春、ハダニの捕食性天敵チリカブリダニ(商品名:SPIDEX)およびオンシツコナジラミの寄生性天敵オンシツツヤコバチ(EN-STRIP)が登録された。今後、天敵利用が施設栽培で新しい害虫管理技術として注目を集めることは間違いない。しかし、これまでの殺虫剤中心の科学防除から天敵を組み込んだ生物的防除あるいは総合防除体系へ移行するためには、試験現場や普及現場で考慮しなければならない問題も多い。以下では、福岡農総試でのこれまでの試験例を中心に、天敵利用に際しての留意点について考えてみたい。



チリカブリダニ


チリカブトガニと卵

イチゴではチリカブリダニの有効性が農総試場内の試験でも実証されているが、現地農家圃場での利用を考えた場合には問題点も多い。福岡県の主要品種である「とよのか」はうどんこ病に弱く、農家の関心はハダニ類よりむしろうどんこ病に高い。最近、イチゴうどんこ病の防除を目的としたイオウのくん煙処理が行なわれており、現地農家圃場での放飼試験ではチリカブリダニやアブラバチが定着しない例が認められている。今後、定量的な評価が必要であるが、イオウのくん煙処理が天敵に影響を及ぼしている可能性が高い。



オンシツツヤコバチ

福岡県では1993年と1994年に現地のトマトハウスでオンシツツヤコバチ(EN-STRIP)を試験的に放飼した。しかし、放飼時期が10月と遅かったためか、放飼から2カ月後でも顕著な寄生率の上昇が認められた。この原因として、ガラスハウス内の温度が寄生蜂成虫の活動に必要な最低温度18℃の条件を満たしていなかったことが考えられた。現在、温度が高い2月植えの半促成トマトハウスで試験放飼を実施している。オンシツツヤコバチの有効性の是非には、放飼前後の散布農薬に対する配慮とともに、施設内の温度管理も重要な決め手となりそうである。



捕食性天敵ヒメハナカメムシ類




アザミウマの幼虫を捕食するヒメハナカメムシ類の幼虫

捕食性天敵のヒメハナカメムシ類と選択的殺虫剤を組み合わせて露地ナスの害虫を総合的に管理するアイデアは岡山農試の永井(1991)の精力的な研究によって実証されている。

1993年に福岡農総試で行なった県南部の現地農家圃場試験では、総合防除圃場では慣行防除区に比べ散布回数が大幅に軽減され、秀品果率は前者で高く推移した(第1表)。また、1994年の県北西部での試験では、栽培期間を通してミナミキイロアザミウマの密度は極めて低い密度で推移し、防除はアブラムシ類対象の定植時の粒剤処理とハスモンヨトウ対象のテフルベンズロン乳剤(ノーモルト)散布およびダニ剤を対象にした殺ダニ剤4回散布の計6回にとどまった(第1表)。このように露地栽培ではヒメハナカメムシ類の有効性が広く実証されているだけに、ミナミキイロアザミウマに有効な選択的殺虫剤であるピリプロキフェン(ラノー乳剤)の早急な登録が望まれる。

  八女市慣行防除圃場 八女市総合防除圃場 前原市総合防除圃場
殺虫剤および殺ダニ剤 25(6) 6(2) 6(4)
殺菌剤 10 2 4

第1表 露地ナス栽培における薬剤散布回数の比較(大野ら、1995を改変)



マメハモグリバエの寄生性天敵


マメハモグリバエの幼虫寄生蜂(左:コマユバチ科の一種、右:ヒメコバチ科の一種)

マメハモグリバエの侵入からわずか1年のガーベラ圃場において、幼虫蛹寄生蜂としてコマユバチ科の2属2種幼虫寄生蜂としてヒメコバチ科の3属8種が確認されている(大野・嶽本、未発表)。この中には、ヨーロッパでマメハモグリバエの天敵として商品化されているDiglyphus isaeaも含まれる。マメハモグリバエの土着天敵相は多様であり、時期によっては寄生率が60%近い値に及ぶこともある。しかし、寄生性天敵は冬期に休眠すること、ガーベラ圃場は毎年5月~6月に改植されることを考え合わせると、自然発生的な着土の寄生性天敵だけでは十分な効果は期待できないかもしれない。



天敵とうまくつき合うための工夫

(1)選択的農薬と非選択的農薬

これまで指摘されているように天敵を利用する場合には、天敵に影響を与えないような選択的農薬の使用が不可欠である。選択的殺虫剤としては、オンシツコナジラミを対象にしたブプロフェジン水和剤(アプロード)、ハスモンヨトウ対象のテフルベンズロン乳剤、アブラムシやコナジラミ類対象のオレイン酸ナトリウム液剤(オレート)があるが、まだ種類数は少なく登録作物も限られている。

利用可能な選択的農薬の種類が圧倒的に少ない現状を踏まえ、Croft(1990)は生態的選択性(Ecological selectivity)を考慮した非選択的農薬の使用法を提案している。福岡農総試でこれまで検討した例を紹介すると、イチゴのアブラムシ類を対象にした定植時の粒剤処理は、ビニル被覆後あるいは年明け後のチカブリダニ導入にはほとんど影響ない。また、露地ナスでは定植前後のアブラムシ類を対象に鉢上げ時にイミダクロプリド粒剤(アドマイヤー)を処理することで、春先のアザミウマ類(ほとんどはナスの害虫ではない)の定着やそれを餌としたヒメハナカメムシ類の定着への影響を回避できる。選択的農薬の種類が少ない現状では、非選択的農薬の処理時期や処理方法を工夫し、天敵への影響を可能な限り軽減することも必要である。もちろん、そのためには種々の農薬が天敵に及ばす影響を正しく把握することが肝要と思われる。


(2)栽培管理上の工夫

施設栽培ではトマトの例で見られるように作型によっては施設の設定温度や冬期の短日が天敵の発育や増殖に影響を与えることになる。天敵の働きが低下する冬期を他の選択的農薬や残効の短い非選択的農薬で補うか、または施設の温度を高めに設定する方法を検討する必要がある。

オンシツツヤコバチやマメハモグリバエの寄生性天敵の場合、古い下葉に寄生された寄主が残っていることが多い。したがって、栽培管理の一環として行なわれる下葉の除去は、結果的に天敵の増殖を低下させることにもなりかねない。下葉を圃場内に残しておくことは病害虫管理という点では問題が多いので、寄生性天敵だけをハウス内に残すような工夫が必要である。

 
マメハモグリバエ幼虫上の外部寄生蜂幼虫
 
マメハモグリバエ幼虫体内の寄生蜂幼虫(右)と卵(左)

マメハモグリバエ潜孔寄生蜂の羽化穴



おわりに

欧米で商品化された天敵の導入で施設での害虫管理は新しい局面を向かえつつある。しかし、従来の慣行防除で培われてきた経験や技術がそのまま適用できる場面は少ない。福岡農総試では露地のナスおよび施設のガーベラで土着天敵の評価並びに利用技術の検討を続けている。こうした土着天敵に関する利用技術あるいは導入天敵について現在実施されている評価試験を通じて、天敵利用場面での多様な技術の蓄積が必要である。

(福岡県農業総合試験場)