カキの主要害虫の発生生態と防除

井上 雅央

- アリスタ ライフサイエンス農薬ガイドNo.79/D (1996.4.1) -

 

 

1.はじめに

奈良県におけるカキ栽培は刀根早生、平核無、松本早生、富有など品種を組み合わせて収穫労力を分散させることにより規模拡大が可能となった。さらに施設加温栽培も導入され、魅力的な生産品目として農家の生産意欲も高い。しかし、規模拡大により、

(1)粗皮削り、落ち葉焼却などきめ細かな耕種的防除の徹底が事実上困難である。

(2)高齢化、離農などに加え、中核農家が労働生産性の低い急傾斜既存園を放棄するなどの理由による新たな放任園が増加しつつある。

など、産地における生産環境は必ずしも改善されたとは言い難い。そこで、最近の奈良県におけるカキの主要害虫についてその発生生態と防除法について述べ、併せて被害助長要因についてもふれておきたい。


2.主要害虫とその防除

カキノヘタムシガ成虫と幼虫の被害



(1)カキノヘタムシガ

カキの粗皮下に前蛹で越冬し、成虫は5月上旬から発生し始め、下旬にピークとなる。成虫は未明から早朝に葉裏で交尾し、結果枝の先端に近い芽に産卵する。ふ化幼虫は芽を餌とし、やがて幼果のヘタ部分に食入する。この幼虫は幼果ヘタ部などで蛹となり7月上旬から下旬にかけて成虫となる。2回目の成虫発生のピークは7月下旬で発育すると、粗皮下などで前述の前蛹となって越冬に入る。したがって、発生は年2回であるが、最近数年は成虫発生のピークが明確でなく、ダラダラと発生し続け、一部では3回発生することもあるようである。第1世代幼虫の食害を受けた幼果はミイラ状となって樹上で乾燥するが、第2世代幼虫による被害果は早熟して落下することが多い。

被害助長要因としては、前述のとおり、粗皮削りが徹底しないこと、放任園の増加、ダラダラと発生が継続した場合の防除適期決定の難しいことなどがある。また、最近は大玉生産のための摘蕾、摘果が徹底されるため、残された果実への加害が減収に直結するという側面もある。

耕種的防除としてはバンド誘殺や粗皮削り、放任樹の処分などが有効である。薬剤防除では、成虫発生ピークの約2週間後が防除適期で、奈良県の場合平坦部では、6月5日~10日と8月5~10日、山間ではこれより2~3日程度遅めでよい。



(2)カキクダアザミウマ

カキクダアザミウマ成虫とその被害

年1回の発生で展葉初期(4~5枚)頃より越冬場所からの飛来が盛んとなる。飛来成虫に加害された葉は火ぶくれ症状となり巻葉する。巻葉内に産下された卵は6月上~中旬にふ化し始め、幼果を加害する。加害部は顕著な小黒斑となり商品価値を著しく低下させる。羽化成虫は7月上旬には粗皮下や付近のスギ、ヒノキ樹皮下などの越冬場所に移動する。付近に増殖に好適な放任園が存在する場合などは栽培園内に巻葉がないにもかかわらず果樹被害がみられることもある。

したがって、放任園の処分、園周辺の自生樹などを含めた薬剤防除などを心がけることが大切である。薬剤散布は巻葉初期(4~5枚の展葉期)と、新成虫発生時期(6月中旬)で、オルトランなどの有機リン剤、カルタップ剤などが有効である。



(3)チャノキイロアザミウマ

多食性で年数回発生するが、品種間で被害程度は大きく異なり、富有では防除は不要である一方、平核無では開花前後の初期防除を怠ると帯状の食害痕による被害が大きい。展葉期(カキクダアザミウマと同時防除)、開花初期、6月上旬の防除が重要であるが、富有との混植地域ではミツバチ導入前と撤去直後に実施する。



(4)ヒメコスカシバ

カキでは最も被害の大きい樹幹害虫で、年2回発生すると思われる。奈良県では第1回目の成虫発生は5月上旬から6月下旬にかけて、また第2回目の発生は7月中旬から9月下旬まで続くようである。幼虫で越冬するが施設栽培では蛹となる個体も観察される。

幼虫は主に枝基部の樹皮下に潜んで虫糞を噴出しながら食害する。このため、本種の密度が高い園では台風来襲時など強風による枝折れ被害が大きくなるほか、樹型改善や主枝の更新時に適切な部位の枝が使用できないなど思わぬ支障をきたす。

防除は粗皮削りと薬剤防除を組み合わせるのが有効で、粗皮削り後、3月中~下旬に有機リン剤を樹幹に塗布するとよい。そのほか、フェロモン剤を使用して交信撹乱による密度低下を促すことも、省力的で有望な手段である。この方法は露地では共同で広範囲に実施する必要があるが、施設では棟単位で利用できる。(第1表)。

施設

処理

虫糞噴出箇所数(1991.12.18)

交信撹乱効果
(フェロモントラップ誘殺数)
(4/9~12/18の累積)

調査樹数

噴出箇所数

箇所数/1樹

1

フェロモン剤処理

15

5

0.33

0

2

無処理

15

21

1.40

27

3

無処理

1

42

2.80

65

第1表 性フェロモン剤による施設カキのヒメコスカシバ防除効果



(5)カメムシ類

採集されたチャバネアオカメムシと増殖場所(ヒノキ)での採集風景

チャバネアオカメムシ、クサギカメムシ、ツヤアオカメムシなどがカキ園に飛来して果実を加害するが、奈良県ではチャバネアオカメムシが最も問題となる。いずれもカキ園内では増殖せず、スギ、ヒノキなどで増殖した個体が飛来する。成虫で越冬し、チャバネアオカメムシの場合は調査定点の一定量の落葉内の成虫数から翌春のモモ、カキ等への飛来をある程度は予測できる(第2表)。しかしスギやヒノキの球果の豊凶、天候などによってその後の発生量の変動が大きい。また、昨年のように、スギ、ヒノキではきわめて密度が高かったにもかかわらず、カキ園への飛来は多くないなど、予察の困難な害虫である。

ナシでヤガを対象に使用される黄色橙はチャバネアオカメムシに対しても被害軽減効果が高い。一方、いわゆる電撃殺虫器を設置する農家もみられるが、これらは本来ならばカキ園へ飛来しないはずのスギやヒノキの個体群の飛来をも助長すると考えられるため、予察目的以外の設置は慎むべきである。

薬剤防除は有機リン剤や合成ピレスロイド剤が有効であるが、園への飛来に即応して散布することが重要である。

年度

1990

1991

1992

1993

1994

1995

1996

越冬個体数

0.3

13.6

22.4

2.4

3.9

0.3

おおむね40地点(伐採等による1~3地点程度の変更を各年次に含む)

第2表 奈良県下調査定点におけるチャバネアオカメムシ越冬密度の年次変化



(6)ハダニ類

カキ葉上のナミハダニとカキの木

従来、カキでは問題となることは少なかったが、最近カンザワハダニとナミハダニの被害が増加している。これらのうち、ナミハダニの被害は奈良県では現在のところ施設に限られるが、カンザワハダニは露地と施設の両方で被害が発生し、岐阜県では露地でもナミハダニがヘアリーベッチなどカキ園の下草に定着している。ハダニが害虫として顕在化した背景には、カキクダアザミウマの侵入やカメムシ類の多発により、カキ園でも合成ピレスロイド剤など天敵に対する影響の大きな薬剤の使用が定着したためと推測される。いずれにせよ、露地栽培のカキ園では、下草がハダニの増殖場所となっており、不用意な除草で一挙に被害を助長する例が多い。また、カキの施設は夜も高温管理されるため、施設内に自家用野菜の購入苗を植え付ける農家が多く、これによってハダニ、コナジラミなどを施設へ持ち込むことも多いと推測される。

カキでも最近は有効な殺ダニ剤が登録されているがこうした薬剤防除とともに、殺ダニ活性のある除草剤などを利用した下草のハダニ管理が重要である。



3.おわりに

奈良県では果樹振興センター、農業試験場が共同で害虫被害を助長する人的要因の解明に取り組んできた。害虫による被害程度は園によって異なる。被害を受けた失敗例から学んで同じ失敗をなくそうという試みで、たとえば農家がどのような散布機器を使用したか、いつ防除を決意したか、どのような散布行動をとったかといった点や、歩きやすい園かどうか、散布技量の個人差はといった調査が主体である。害虫防除の成否には、防除時期や発生生態とともに、こうした点への配慮も必要であることをいくつかの表で示しておわりにかえたい(第3表、4表)。

(奈良県農業試験場果樹振興センター)

糞口

カメムシ

ハダニ

環状10頭口

鉄砲ノズル

×

第3表 防除効果に影響を及ぼす人的要因(散布器具の選択)

散布被験者

散布行動

防除効果

1

常に通路を歩行、時には立ち止まって霧を送る

低い

2

木の周囲を回るように歩き主枝にそって散布

高い

第4表 防除効果に影響を及ぼす人的要因