施設トマトへのエンストリップ導入事例からの考察

橋本 文博

- アリスタ ライフサイエンス農薬ガイドNo.79/E (1996.4.1) -

 

 

オンシツツヤコバチ剤(商品名エンストリップ)が1995年3月に農薬登録され全国で導入が始まった。各地での効果調査の結果、トマトの作型や施設条件ごとに様々な効果が見られたので、そのなかの代表的事例をここで報告し、今後のより有効な使い方を考えていきたい(写真1)。

写真1 オンシツツヤコバチによる寄生

1.様々な成功事例

(1)1月の育苗期から導入(神奈川県海老名市)

1990年から県の委託試験を受託している現地圃場において、2月上旬の定植に先立ち、育苗期の1月中に規定量の約半分のエンストリップのマミーカードを2回放飼し、定植後も同じ量を6回放飼した(写真2)。

このため、通常ならコナジラミの急増期となる4月頃でも、コナジラミはごく低密度に抑えられたままで収穫を終了した。定植後、殺虫剤の全面散布は1度も行なわなかった。

写真2 エンストリップのマミーカード

(2)密度調査を行なって4月から導入(三重県名張市)

1月下旬に定植された圃場において、春暖になる頃からトマト株間に黄色粘着板を吊り下げて害虫密度のモニタリングを開始した。こうしてコナジラミの発生初期を把握してから、オンシツツヤコバチを4月4日から規定量を毎週で合計4回放飼したところ、6月末の収穫終了まで、一部にわずかのすす病を出した程度、おおむね満足のいくコナジラミ防除ができた。マミーカードの配置場所は、コナジラミ発生が比較的多い施設の南側およびボイラー付近に偏らせて配置した。


(3)殺虫剤で害虫密度を低下させてから導入(大分県臼杵市)

前年10月下旬に定植された圃場で、3月15日からの規定量のマミーカードを4回放飼したが、施設内の環境条件が適合していなかったためか、効果がみられず、コナジラミが増加し続けた。やむを得ず、天敵防除をいったん諦めるつもりで4月24日にペルメトリン乳剤を全面積に散布して、5月24日から再び規定量のエンストリップを3回放飼したところ、6月中旬にはオンシツツヤコバチによるコナジラ幼虫の寄生率が80%以上となって抑制され、すす病も発生しないままで推移した。


(4)雨除けの夏秋栽培で導入(山形県寒河江市)

定植3月下旬の雨よけハウスにて、6月6日から規定量のマミーカードを4回放飼したところ、慣行の薬剤防除区に比べて放飼区では、ブプロフェジン水和剤を1回散布しただけで9月以降までコナジラミが低密度で推移した。

放飼区においてコナジラミが極めて低密度で推移したため、黒色マミーもほとんど発見できなかったが、これはオンシツツヤコバチの成虫がホストフィーティング(奇主体液摂取)を行なうことから、この作用により、コナジラミの若齢幼虫が体液を吸汁されて殺された割合が多かったものと推測される。


(5)秋の定植中から導入(群馬県伊勢崎市)

10月中旬の定植中から規定量のエンストリップを4回放飼した。定植をすべて終えていなかったため、定植前の苗に対しては、ハウス内に並べられた育苗ポットの株の枝にマミーカードを吊り下げておいた。

12月中旬にはオンシツツヤコバチによるコナジラミ幼虫の寄生率が約60%まで高まり、低い密度抑制され続けているため、定植以来、1度も殺虫剤を散布せずに栽培できている。

また、葉かきした葉のなかで黒色マミーが沢山ついたものは数日間床上に残すなどの工夫をしている(写真3、4)。

写真3 葉裏にできた黒色マミー
写真4 黄色粘着板によるモニタリングと葉かきされた葉の有効利用



(6)大型施設で秋に導入(福島県いわき市、相馬群)

福島県には、国内で指折りの大型施設が近年数棟建設され、いずれもオランダ並みの高夜温で管理されているため、そこではオンシツツヤコバチの周年利用が行ないやすい。10、11月にオンシツツヤコバチを導入して定着させ、翌年7、8月の収穫終了までコナジラミを抑制させる計画が実行されて、効果をあげている。


2.失敗事例の代表的パターン

成功事例が数多く見られた一方で、失敗事例も各地で見られた。失敗事例はその結果を十分に分析して原因を探り、来シーズンでの成功のための手がかりとされなければならない。

これまでの導入事例における代表的な失敗例を紹介する。



(1)害虫密度が高い状態で導入した場合

全国的に最も多かった失敗事例は、オンシツツヤコバチの導入チミングが遅れたために、トマトの下段で黒色マミーは沢山できたが、上段でコナジラミの成虫や卵も増え続けて、すす病が発生した場合である。

対策は、コナジラミ多発部分に対して、殺虫剤をできるだけスポット処理して防除するか、やむを得ない場合は天敵への影響が少ない殺虫剤を全面積に散布する。

また、次のシーズンは、コナジラミの発生がごく初期の段階でオンシツツヤコバチ導入となるように黄色粘着板による害虫密度のモニタリングなどを取り入れて、導入時期を決めることが必要であろう(第1図)。

第1図 コナジラミ密度が高い状態で導入した場合



(2)冬場に導入開始となった場合

冬場にオンシツツヤコバチを導入すると黒色マミーがマミーカードのごく周辺、半径約1m以内にしか現れないことが多い。また葉裏に黒色マミーが発現するまでに日数が長くかかり、3~4週間以上かかる場合もある。これは、18℃以下の温度条件では、オンシツツヤコバチは飛べないため活動範囲が狭く、低温条件下ほど発育日数がかかるためである。オンシツツヤコバチによる寄生が施設内のごく一部に偏ってしまうと、全面積への殺虫剤散布が行ないづらくなり、かえって厄介となる。

対策としては、オンシツツヤコバチが冬場に導入開始となることを避けて、秋のまだ暖かい時期に導入して施設内に定着させておいて冬を迎えるか、導入を春まで待つことにして、それまでは殺虫剤でコナジラミを低密度に防除しておくほうが良いであろう(第2、3図)。

第2図 低温条件での寄生範囲
第3図 暖かい季節の寄生範囲



3.成功のカギとなる条件

以上の実例から、エンストリップの利用において、効力を発揮させるための条件は主に次の三つにまとめられる。

(1)適切な導入の季節を選ぶ(温度条件)。

(2)コナジラミの発生のごく初期段階に放飼する。

(3)殺虫剤の影響を受けなようにする。

 1.天敵に影響の少ない殺虫剤を選ぶ。

 2.害虫の発生初期段階をとらえて、できるだけスポット処理にする。



4.導入適期の考え方

したがって、成功のための条件を考慮すると、現時点で最適と思われる導入季節は栽培条件ごとに次の通りである。

(1)定植時に殺虫剤を利用しない場合は育苗期や定植期から導入する。

(2)ハモグリバエやアブラムシ防除のために定植時に殺虫剤を処理する場合は、殺虫剤の残効が消えてから、秋のまだ暖かいうちか、春暖かくなってから導入開始する。

ただし、黄色粘着板などで害虫密度のモニタリングを行なっておき、コナジラミの発生初期での導入となるようにする。すでに害虫密度が高い場合は、殺虫剤で密度を落としておいて、殺虫剤の残効が消えてから導入する(第4図)。

第4図 作型別の導入適期(一例)



5.今後課題と取り組み

エンストリップの生産現場での使用事例が増えるにつれて、栽培条件ごとの使いこなしが明らかになりつつある。試験・指導機関や、販売・利用サイドが協力して、今後も使用事例の分析を続け、様々なマニュアルを増やしていくよう取り組んでいきたい。

また、課題としては、オンシツツヤコバチの導入を最も難しくしている要因として、マメハモグリバエ防除との兼ね合いがある。マメハモオグリバエ侵入地域では、オンシツツヤコバチ導入中にマメハモグリバエの被害がひどくなった場合の適切な殺虫剤がないために、オンシツツヤコバチ導入に取り組めない場合が多い。

このような地域では、オンシツツヤコバチを導入するための防除体系作りが望まれている。

((株)アリスタ ライフサイエンス生物産業部)