リンゴ炭そ病とその防除について

浅利 正義

- アリスタ ライフサイエンス農薬ガイドNo.80/B (1996.7.1) -

 


炭そ病激発による摘み取り処分(1990年)

はじめに

リンゴ炭そ病は、一般に斑点落葉病など他の病害と同時防除され発生の少ない病害である。しかし、1990年(平2)に多発したように、突如として発生し問題となることがある。1995年(平7)もやや発生の多い年であったが、その発生予測と防除法の確立が求められている。今回は、これまで明らかにされている発生生態や防除法について述べる。

1.炭そ病と発生生態

(1)生育適温と病徴
リンゴ炭そ菌は、Glomerella cingulataと分類され、リンゴの他、ナシ、モモ、ブドウ、オウトウなど多くの果樹に病原性を示す。
本病原菌の生育適温は27~28℃であるが、これよりやや低い24~25℃に適温を有する系統のものも分離される。しかし、主体は前者の系統であり、高温条件ほど本病原菌の増殖および感染、発病が助長される。
炭そ病は、現在栽培されているほとんどの品種で発病するが、つがる、千秋、ジョナゴールド、王林などで多く、ふじでは比較的少ないようである。特に、ふじに次いで栽培面積の多い王林での発生が問題となる。
炭そ病の発生は果実のみで認められるが、葉では潜在感染していることが分離調査により明らかにされている。果実の病班は、幼果期の小型病班(カサブタ状)と成熟期の大型病班(腐敗型)に大別されるが、成熟期にも腐敗型とならない小型病班の形成が認められている。発病果の病班上には分生胞子が豊富に形成され、降雨により二次伝染源の役割を果たす。

(2)伝染源
炭そ病の伝染源として、最も重要なものはニセアカシア(ハリエンジュ)である。本病原菌はリンゴ樹でも越冬するが、越冬量や生育期の分生胞子飛散量は、ニセアカシア樹に比べると極めて少ない。リンゴ果実に病原性を示す炭そ病菌を保菌している植物には、他にシナノグルミやイタチハギ(クロバナエンジュ)などがあるが、樹高の低いイタチハギは伝染源となる可能性が低いと考えられる。
越冬部位は、ニセアカシア樹では1年枝上の芽、棘、樹皮、2~4年枝上の芽、棘、十火、莢果皮、子実、果柄などほぼ全身的であり(第1表)、リンゴ樹では果台部やせん定痕など限られた部位である。


 分  離 部 位     供試組織数   分  離 数 
 一  年 枝  100 55
樹皮 100 87
100 36
2~4年枝 100 49
樹皮 100 87
100 36
筴  果 100 62
子実 100 56
果  柄   100 9
第1表 ニセアカシアからの炭そ病菌の分離状況



炭そ病(左から)、幼果の小型病斑、初期の腐敗型病斑、腐敗型大型病斑


(3)伝搬様式と分生胞子消長
炭そ病は雨媒伝染であり、降雨が伝染源から飛沫となって拡散することにより伝搬する。そのため、実際にリンゴに炭そ病を引き起こす奇主植物は、ニセアカシアやシナノグルミなどの樹高の高いものに限られるようである。また、発病果の病斑上に形成された分生胞子は、降雨以外にショウジョウバエにより伝搬することも知られている。
1966年(昭41)、秋田県において炭そ病が激発した際、ニセアカシア樹が伝染源として重要であることが明らかにされたが(工藤、1968、1970)、被害果率はニセアカシア林に近いほど高くなることが調査されている。また、その影響は風向きや風力などに左右されるが、およそ50m内外と考えられる(第1図)。
1993~1995(平5~7)の3ヵ年間にわたり、秋田県南部のリンゴ園に隣接するニセアカシア樹を対象に、分生胞子の飛散消長を調査した結果、飛散期は6月上旬~9月中旬の期間であり、飛散ピークは6月中旬頃であった(第2図)。
1993年な低温多雨、1994年は高温少雨、1995年は気温平年並で多雨という気象条件であり、特に1993年と1994年は両極端な気象条件であった。しかし、分生胞子の飛散消長はほぼ類似したパターンを示していた。
また、分生胞子の飛散時期とニセアカシア樹の生態との関係をみるため、ニセアカシア樹の開花始めの時期を調査した。その結果、ニセアカシア樹の開花始めの時期は、低温であった1993年が6月1半旬頃とやや遅れたが、4~5月の気温が平年並であった1994年、1955年は5月6半旬頃であった。したがって、分生胞子の飛散はニセアカシア樹の開花期以後に始まる可能性が高いと考えられた。
以上のことから、ニセアカシア樹が隣接する園地など炭そ病の常発地帯では、分生胞子の飛散時期に対応し、有効な薬剤を選択し散布することが重要である。

第1図 ニセアカシアからの距離と被害果率(工藤、1970)様式図化(著者)
第2図 炭そ病菌分生胞子飛散消長(ニセアカシア)



2.防除対策

炭そ病の伝染源としてニセアカシア樹が重要であることは前述のとおりであり、いずれの年でも分生胞子の伝搬はみとめられている。リンゴ樹での越冬状況や分生胞子飛散消長については詳述しなかったが、ニセアカシア樹に比べると極めて少ないのが実態である。しがし、高温多雨、多湿の年ではニセアカシア樹ではもちろんのこと、リンゴ樹でも炭そ病菌が増殖(分生胞子形成)し、伝染源として重要な役割を果たすことは明らかである。このような気象条件は、本病原菌の増殖と同時に、果実への伝搬および感染を助長するので特に注意が必要である(第2表)。
炭そ病の多発条件に対する防除法としては有効な薬剤の選択と散布間隔の短縮を図ることが重要である。
現在、ルンゴ炭そ病に対し農薬登録のある薬剤は、オーソサイド水和剤800倍とTPN フロワブル剤1,000倍ほ2剤のみである。しかし、本病の重点防除期(分生胞子飛散時期)は、斑点落葉病、すす斑病、すす点病、褐斑病、黒星病、輪紋病など主要な夏期病害を防除する時期でもあり、この時期使用される薬剤の多くは本病に対し有効である。
その主なものは、プロピネブ水和剤500倍、キャプタン・ホセチル水和剤800倍、有機銅(80)水和剤1,200倍、マンゼブ水和剤600倍、キャプタン・有機銅水和剤600倍、ジラム・チウラム水和剤600倍、マンゼブ・DPC水和剤500倍などである(第3図)。
薬剤による重要な防除時期は、分生胞子飛散時期であり梅雨期でもある6月上旬~7月中下旬、および二次伝染期にあたる8月下旬~9月上、中旬である。これらの時期の防除は、他の病害も含めた総合的なたいさくが必要である。この期間の防除体系は、有効な薬剤をサビ果や薬害の発生回数、適正使用基準(収穫前日数や使用回数)の厳守を念頭に組み立てる。
炭そ病の防除は、ニセアカシア樹が隣接する場合は薬剤のみでは防除効果が得られにくいので、可能な限り伐採に努める。また、被害果の樹上放置は二次伝染による被害を大きくするので、早期に摘み取り処分を行なう。

(秋田県果樹試験場)

  年 度    調 査 場 所   分生胞子飛散開始期    ニセアカシアの開花始め 
(雨水採取期間)
1993 横手市大屋 6.4-6.14 6.3
 〃  八王寺 6.4-6.14 6.2
平鹿町金麓 6.14-6.16 -
1994 横手市大屋 6.4-6.14 5.27
 〃  八王寺 6.4-6.14 5.25
平鹿町金麓 - 5.31
1995 横手市大屋 6.2-6.16 5.28
 〃  八王寺 6.21-6.30 5.27
平鹿町金麓 (6.21-6.30)(a) 6.4
第2表 分生胞子の飛散開始期とニセアカシアの開花期

樹上の発病果(大林)
第3図 各種薬剤の防除効果