天敵(エンストリップ)による

長野県の施設トマトの害虫防除

小林 荘一

- アリスタ ライフサイエンス農薬ガイドNo.80/E (1996.7.1) -

 

 

長野県は夏期冷涼のため、気象的に夏秋トマトの栽培に適し、5月から10月まで露地栽培が可能である。標高の高い寒冷地では、7月~8月の盛夏季で30℃以上の高温になる時間は少なく、昼夜の気温格差が大きいので、結実は良好、高品質で長期間栽培が可能である。暖地の栽培が終り、抑制栽培の生産が始まる間の7月下旬から10月中旬頃まで、本件の寒冷地は夏秋トマトの栽培に最適となる。特に9~10月に高品質のトマトができると有利に販売できる。

近年、うまいトマトを望む消費動向から、完熟トマト栽培の気運が高まり、夏秋トマトの品種は桃太郎系にほぼ統一された。完熟高糖度トマトを生産するために、かん水や根域を制限する栽培法を取り入れる農家が多くなり、マルハナバチが導入され、着果安定、空どう果の発生防止に貢献している。

長野県の中山間地ではミニトマトの栽培が目立つ。高齢者や婦人にも栽培は可能で、軽量果菜として人気が高い。ミニトマトは大玉トマトに比べて着色が良く、糖、酸、ビタミンCが多く、使いやすい野菜として需要が伸びている。

第1図 長野県におけるトマト作型(加工トマトを除く)


トマトの作型と各種害虫の発生

長野県のトマトの作型を第1図に示した。各作型の近年の栽培面積は以下のようである。普通作型:約200ha、ハウス抑制作型:45ha。この他に露地の加工トマトが約450ha栽培されている。

トマトに発生する害虫の種類は比較的少なく、アブラムシ類、マメハモグリバエ、タバコガ、オンシツコナジラミ、タバコッコナジラミなどである。アブラムシはハウス半促成および普通作型の生育初期に発生する。しかし、アブラムシ類は定植時の粒剤施用や初期防除で発生が抑制され、被害はほとんどない。マメハモグリバエは1992年に県南部地域に新発生が確認され、現在もこの地域に発生している。特にミニトマトでマメハモグリバエの発生が目立つ。本種に対し有効薬剤は極めて限られ、難防除害虫である。タバコガは8月中旬以降に発生し、果実に甚大な被害を及ぼす。発生は突発的で恒常的な発生はない。昨年、性フェロモントラップにより調査したところ、オオタバコガとタバコガの2種が確認された。発生生態につき、今後の研究が必要である。

長野県のトマト栽培で最も問題になる害虫はオンシツコナシラミである。1989年にタバココナジラミが新発生したが、その後減少して現在は発生していない。オンシツコナジラミは普通、ハウス抑制作型で7月下旬以降に発生が始まり、8月中旬以降に急増しすす病を発生する。オンシツコナジラミの多発生は毎年くり返され、薬剤による防除には限界がある。


マルハナバチ導入による殺虫剤の制限

マルハナバチはトマトの受粉差業を省力化するため、1991年から輸入・販売が始まった。長野県では1994年にマルハナバチを普及技術に採用し、積極的に普及をしている。現在、ハウス栽培トマトの60~70%で利用され、省力化、品質向上に役立っている。

マルハナバチの導入後、殺虫剤の散布は不可能となり、薬剤に代わる防除技術として天敵利用に期待が高まった。


オンシツコナジラミ幼虫


モモアカアブラムシ

エンストリップマミーカード


長野県におけるエンストリップの初導入

前述のような背景でエンストリップ導入の気運が高まった。1994年に諏訪市の先進的トマト栽培農家に、普及センター、病害虫防除所、試験場、専門技術員、地元農協など関係者が集合し、試験を実施することに決定。

試験は作期が4月から8月までの半促成と6月から10月までの抑制作型トマトで2回実施した。半促成作型は4月5日から5月31日まで、1週間間隔で20株にマミーカード1枚ずつ、8回放飼した。その結果、オンシツコナジラミは発生したものの、エンストリップの寄生率が高まり、殺虫剤無散布で収穫を終了した。抑制作型は6月28日から9月2日に8回放飼したところ、前の半促成作型と同様に殺虫剤無散布で栽培が可能であった。

この年の夏季は記録的な高温となり、エンストリップの活動への悪影響を心配したが、その懸念はなかった。

しかし、8月上旬と中旬の2回、有機リン剤を散布するとエンストリップに悪影響があり、オンシツコナジラミが甚発生した。天敵と殺虫剤の両立の難しさを痛感した。

これらの結果に関係者は大満足。特に、オンシツコナジラミに悩み続けた農家の関心は一気に高まった。しかし、8回放飼は多いとの指摘があった。


羽化直後のオンシツツヤコバチ成虫


オンシツツヤコバチが寄生したオンシツコナジラミ幼虫

すす病が発生したミニトマト果実


エンストリップ4回放飼の防除効果

1995年は前年の実績と経験をふまえ、エンストリップ4回放飼の実用性を検討した。3月29日定植時にイミダクロプリド粒剤(アドマイヤー)を植穴処理し、生育初期の発生を防除した。黄色粘着トラップに成虫が誘殺された6月6日から1週間間隔で4回、25株にマミーカード1枚ずつ放飼した。慣行区は7月中旬からオンシツコナジラミの密度が高まり、栽培が終了する直前の8月上旬に1葉当り成虫が8.3個体になった。一方、放飼区も同様に密度が高くなり、8月上旬には1葉当り11.7個体となった(第2図)。収穫最盛期の6~7月にかけ、放飼区は低密度の発生に抑制され、実用的な防除効果が確認された。

第2図 半促成作トマト栽培におけるオンシツコナジラミ成虫の発生消長と
オンシツツヤコバチの寄生率の推移(諏訪市、1995)


ミニトマトでの防除効果

1995年長野市において、5月上旬にイミダクロプリド粒剤を植穴施用した。オンシツコナジラミの誘殺が確認された7月13日から1週間間隔で4回、さらに8月22日から4回の合計8回放飼した。放飼量は25株当りマミーカード1枚。

第3図 ミニトマトにおけるオンシツコナジラミ成虫の発生消長
(長野市、1995)(黄色粘着トラップ1枚当り)

粘着トラップの誘殺ピークは放飼区103個体で、無防除区238個体の43%に抑えていた(第3図)。放飼区の葉および果実のすす病の発生は無防除に比べ少なく、放飼区では事実上問題にならない程度であった(第1表)。オンシツコナジラミ幼虫に対するオンシツツヤコバチ寄生は、3回放飼まで認められなかった。それ以降、寄生率は急速に上昇し、8回放飼以降70%程度を維持せた(第4図)。

試験区

9月28日

10月13日

小葉

小葉

果房

放飼区

5.0

12.0

11.7

無防除区

27.0

37.0

45.0

第1表 ミニトマトのすす病発生率(%)(長野市、1995)
第4図 オンシツツヤコバチ寄生状況(長野市、1995)

エンストリップの経済的評価

エンストリップと慣行薬剤防除の経費の比較をした(第2表)。エンストリップは慣行防除に比べ、薬剤費が2倍以上と高価でである。しかしながら、両者の防除方法は性格が異なり、経費のみで直接比較するのは適切ではない。マルハナバチ導入のメリット、生産物の販売価格、防除作業の快適性などの要素が関与するので、総合的な評価が必要であろう。

10a当り

エンストリップ使用

慣行薬剤防除

薬剤費用

1セット4箱、29,200円(5a)
42枚×25株=1,050株(2,100株/ 10a)58,400円

アグロスリン、アプロード水和剤
アディオン乳剤等2週間に1回
8回散布 22,000円
散布1回1時間×8回、8時間<
農薬費用は安価

労働時間メリット

1回10分×4回、40分間
放飼時間は少なく、疲労は少ない
マルハナバチの利用が可能

デメリット

施設のカンレイシャ被覆は必須
薬剤費は高価、他の害虫防除効果なし

散布時間がかかり、散布時の疲労は大

第2表 エンストリップの経済性(1995年の試験から推定)


エンストリップの長野県での普及

以上の試験の結果から、エンストリップはオンシツコナジラミ防除に実用性があると判定された。この天敵は1995年から一般に市販が始まり、県下各地の農家で試験的に導入された。農家の満足するような防除効果が得られた反面で、防除効果は劣るか判然としなかった事例もあった。雨よけ栽培、発生密度が高まってからの放飼あるいは天敵に影響がある薬剤を散布すると、効果は劣った。

放虫時期と量、オンシツコナジラミのモニタリング方式、オンシツコナジラミによるすす病の要防除水準、タバコガ、アブラムシ類、ハダニ類その他各種病害虫発生時の対応など、検討すべき技術課題は山積している。長野県では、関係試験場、病害虫防除所、農業改良普及センター、農協関係者、農薬会社、農家などが集まり、年2回天敵利用研究会を開催している。県下各地で現地試験を実施し、結果の検討、事例・経験の蓄積、情報交換を通じ、技術向上につとめ普遍的な普及技術を確立する予定である。

(長野県農業技術課)