クロマルハナバチによるトマトの交配

池田 二三高*・和田 哲夫**

- アリスタ ライフサイエンス農薬ガイドNo.84/A (1997.7.1) -

1.はじめに

 筆者らは、ヨーロッパで実用化されたツチマルハナバチ(Bombus terrestris)によるトマトの交配技術をわが国にいち早く紹介し実用化を進めてきた。現在では、この技術は様々な評価を受けながらも生産者および消費者から支持され順調に普及されている。その結果、ホルモン剤処理労力の省力、ホルモン剤無使用のトマト生産、品質および商品性の向上、蜂の保護のために適切な少農薬散布の推進、天敵による生物的防除への関心の高まりなど、トマトの生産者ならびに消費者にとってもメリットの高い技術となっている。

 しかし、生産者にとっては、栽培型が多様となっているため、マルハナバチに対して耐暑性があり、長寿であり、安価であるなどの条件を満たした種類の要望も多い。日本産のマルハナバチ類の飼育は、早くから三重大学の松浦誠教授により越冬女王からの完全な1世代の飼育に成功している。また、玉川大学の小野正人助教授や民間研究機関においても同様の飼育の研究が行なわれている。筆者のうちの池田もオオマルハナバチ(Bombus hypocrita hypocrita)の飼育はすでに経験しているが、越冬女王からの飼育はそれほど難しい技術ではないと実感している。しかし、各種の日本産のマルハナバチでは次世代を次々に増殖させるには高度の技術が必要であり、どこの研究機関においても実用化されておらず、商品開発には大きな障害が横たわっている。

 一方、筆者らは日本産のマルハナバチ類の女王蜂をオランダのコパート社に送付して、大量増殖を依頼し商品開発を検討している。ここでは、コパート社の累代飼育のクロマルハナバチ(Bombus ignitus)を実際のわが国のトマトに使用し、その実用性について検討した2例の試験結果と現状の技術上の進展状況を報告する。

 

2.丸玉トマトにおける試験

(1)試験条件

 供試したクロマルハナバチのコロニーは、1995年に日本で採集した女王蜂をコパート社が増殖した中の1コロニーであり、手元には1996年2月7日に到着した。供試コロニーが1群のため、麻酔をかけたりして巣内を観察することを避け、翌日開花中のチンゲンサイのハウスに導入して群勢の回復を図ると共に訪花性等を観察した。
 その後、同コロニーを2月19日に2段花房が開花中の丸玉トマト(面積194平方メートル、2月5日定植、品種:桃太郎、土耕栽培)に導入して、ほぼ5日毎に働き蜂や雄蜂の活動数、花のバイトマークの発生率、結果率を調査した。なお、ハウス内に開花中の蜂植えのチンゲンサイをたえず入れて、十分な花粉を補った。
 対照としては、別棟の丸玉トマト(面積302平方メートル、1月17日定植、品種:桃太郎とグルメ、水耕栽培)において新しいツチマルハナバチのコロニーを導入して同様の調査を行なった。
 調査は、ほぼ5日毎に行なった。働き蜂や雄蜂の活動数は、調査日の10時、13時、15時ごろの3回、巣外活動数を調査した。花のバイトマークの発生率は、前日または前々日に開花した花を任意に100花選び、バイトマーク発生の有無を調査して求めた。結果率は、10日前にマークした開花中の花の落花の有無を調査して求めた。

(2)試験結果

 1- 供試したクロマルハナバチの訪花性 

 1996年2月7日夕方に到着したクロハナバチをチンゲンサイが開花中のプラスチックハウス(97平方メートル)に導入した。翌日巣門を開放して働き蜂を活動させた。ツチマルハナバチでは普通15分以内に訪花を開始するが、導入したクロマルハナバチはすべて訪花せず、天井や南面に集まるなどハウス外に飛び出そうと飛翔を続けた。巣外で飛翔をしている個体は3~10頭であった。時折、巣箱に戻る個体もあったが夕方まで1頭も訪花をしなかった。この傾向は翌日も終日同じであった。このハウスでは、前日までツチマルハナバチが活動中であり、クロマルハナバチの働き蜂に影響を与える要因はなかった。
 しかし、導入3日後(2月10日)には働き蜂は朝から訪花し、常時3~6頭が訪花しているのが目撃できた。以後は同様に訪花を行なった。また、導入直後から雄蜂2頭がたえずハウス内を飛翔しているのが観察された。
 そこで、トマトへの導入にはこのコロニーでは働き蜂数が少ないと判断したので、しばらく同ハウスにおいて飼養し群勢の回復を図った。その後、正常な訪花活動が続き、訪花活動が続き、訪花している働き蜂数も増加したので2月19日の朝に、そのコロニーを丸玉トマト栽培のガラス室に導入した。しかし、19日はトマトの花には訪花をせず、翌日の2月20日に訪花を開始し、以後は正常に訪花を継続した。このように、このコロニーは、ハウス内に導入された当初は花への訪花性は十分ではなく、環境適応に時間を要した。

 2- 働き蜂の活動数、バイトマークの発生率、果実の結果率

 トマトのハウスへ導入後の働き蜂および雄蜂の活動数、花のバイトマークの発生率、果実の結果率は第1表のとおりであった。
 導入の2日後以降は正常な訪花が見られた。導入30日後までは、常時3~10頭のマルハナバチの働き蜂が目撃された。バイトマークも全花で観察され、結実も良好であった。しかし、30日以降急速に訪花する働き蜂は減少した。それに伴いバイトマークも減少し、結実は不良となった。
 また、導入当初から数匹の雄蜂が巣外で見られ導入20日以降は急増したがそのままに放置した。一方、ツチマルハナバチの導入温室では、30日以降も働き蜂の活動数、バイトマークの発生率、果実の結果率も良好であった。調査期間中は雄蜂の発生は見られなかった。

 
調査項目 調査月日
2/23 2/28 3/4 3/9 3/15 3/21 3/28 4/2
働き蜂数(頭) 4.3 5.3 7.3 7.0 6.3 4.0 3.0 2.3
8.0 8.0 6.7 8.3 11.7 6.7 8.7 7.0
雄蜂数(頭) 2.0 2.3 2.3 4.7 4.3 11.7 5.7 3.3
0 0 0 0 0 0 0 0
バイトマーク発生率(%) 100 100 100 100 100 87.0 53.0 26.0
- 100 100 100 100 100 100 100
結果率(%) - 100 100 100 100 100 100 46.0
- 100 100 100 100 100 100 100

第1表  トマトにおけるクロマルハナバチおよびツチマルハナバチの導入結果
(注): 2月19日導入
上段の数字はクロマルハナバチ、下段の数字はツチマルハナバチ動き蜂および雄蜂数はハウス内を10時、13時、15時に回って目撃できた平均の頭数。
バイトマーク発生率は、開花中の100花について調査。
結果率は、開花後落花せずに結実して肥大開始した数。100花を調査。


▲国産のクロマルハナバチ  ▲ツチマルハナバチ   


▲クロマルハナバチによる交配
(左)丸玉トマト、(右)ミニトマト

3.ミニトマトにおける試験

(1)試験条件

 供試したクロマルハナバチのコロニーは、1995年に日本で採集した女王蜂をコパート社が増殖した中の1コロニーであり、手元には1997年2月5日に到着した。供試コロニーが1群のため、麻酔をかけたりして巣内を観察することを避け、翌日開花中のチンゲンサイのハウスに導入して群勢の回復を図ると共に訪花性等を観察した。
 その後、同コロニーを2月7日に1段花房が開花中の」丸玉トマト(面積151平方メートル、1月21日定植、品種:キャロルセブン、ココ、サンチュリーエキストラの混植、水耕栽培)に導入して、働き蜂や雄蜂の活動数、花のバイトマークの発生率、結果率を調査した。なお、ハウス内に開花中の蜂植えのナノハナをたえず入れて十分な花粉を補った。対照は設けなかった。
 調査方法は、前述の丸玉トマトと同様に行なった。

(2)試験結果

 1- 供試したクロマルハナバチの訪花性

 1997年2月5日午前中に到着したクロマルハナバチを直ちにナノハナが開花中のプラスチックハウス(66平方メートル)に導入した。導入2時間後、巣門を開放して働き蜂を活動させた。巣外に出た働き蜂は1時間後の観察では大部分は訪花していたが、天井や南面に集まるなどハウス外に飛び出そうと飛翔を続ける個体もあった。翌日、3回調査結果では、巣外で飛翔をしている個体は3~7頭であった。この傾向は翌日も終日同じであり、群勢は良好であり、訪花活動も多少障害があるがトマトでの使用も可能と判断した。
 そこで、2月7日にミニトマトの開花が開始した温室に導入した。巣外活動個体は一部天井等の換気窓付近に集中したが、大部分は訪花し、常時3~7頭が訪花しているのが目撃できた。以後は同様に訪花を行なった。また、導入7日後から雄蜂が観察された。

 2- 働き蜂の活動数、バイトマークの発生率、果実の結果率

 トマトのハウスへ導入後の働き蜂および雄蜂の活動数、花のバイトマークの発生率、果実の結果率は第2表のとおりであった。
 導入当日からほとんどの個体が訪花した。導入30日後までは、常時3~10頭のマルハナバチの働き蜂が目撃された。バイトマークも全花で観察され、結実も良好であった。しかし、30日以降急速に訪花する働き蜂は減少した。それに伴いバイトマークも減少し、結実は不良となった。
 また、導入7日後から数匹の雄蜂が巣外で見られ導入20日以降は急増したがそのままに放置した。

調査項目 調査月日
2/1 2/18 2/23 2/27 3/5 3/10 3/15 3/20
働き蜂数(頭) 5.3 4.0 6.3 8.7 5.3 4.0 3.0 2.3
雄蜂数(頭) 0 2.3 2.7 9.7 8.3 7.7 5.7 3.0
バイトマーク発生率(%)   100 100 100 100 86.0 42.0 21.0
結果率(%) - 100 97.0 100 100 100.0 88.0 53.0

第2表  ミニトマトにおけるクロマルハナバチの導入結果
(注): 2月7日導入。
導入働き蜂および雄蜂数はハウス内を10時、13時、15時に回って目撃できた平均の頭数。
バイトマークは、開花中の100花について調査。
結果は、開花後落花せずに結実して肥大開始した数。100花を調査。


▲クロマルハナバチの廃巣
(白く光っているのは蜜)

 

4.まとめ

 人工で増殖した日本産クロマルハナバチを用いて、丸玉トマト、ミニトマトで実用性を検討した結果、ほぼ次のような結果を得られた。
 訪花性については、1996年コロニーは、チンゲンサイ満開のハウスに導入しても直ちに正常な訪花活動はできず、丸玉トマトに導入しても、1日は訪花をしなかったこと、1997年のコロニーについても、ツチマルハナバチと比べるとやはり働き蜂の全てが直ちに訪花活動はできなかったことを考えると、異なる環境での適応には時間を要した。この原因の解明は難しいが、ベルギーのバイオベスト社のディ・ジョン博士の講演(1993年、静岡農試)の折り、ツチマルハナバチの開発までの障害や品質維持の問題等の質問の一つに答えて、施設内の環境に適応し訪花活動性の良好な系統を選抜することに苦労があった旨の発現があり、今回のクロマルハナバチに見られた問題と同様な問題があったのではと推察された。なお、三重大学の松浦教授が飼育したコロニーでは、これまで、そのようなことは認められなかったとのことであった(私信)。しかし、野外個体群の場合多くの系統が存在することは容易に予想されるので、今後の施設内使用コロニーの開発に際しては、やはり安定した訪花性が確保できるよう十分な選抜が必要であろう。

 働き蜂の活動数花のバイトマーク発生率、結果率の調査では、丸玉トマト、ミニトマトも導入後ほぼ30日間は十分な結果となった。したがって、コロニーの寿命についてはほぼ30日間と推定された。特に、両コロニーとも早くから雄蜂の出現があり、働き蜂の数が順調に増加しないこともこの種類の特徴であると判断される。これまでのツチマルハナバチの実用例では同程度の施設内での寿命はほぼ45日以上であり、クロマルハナバチではより長期の寿命が望まれるが、この程度の寿命であっても実用性はあるものと判断された。
 試験が冬期に行なわれたので、耐暑性の検討はできなかった。
 なお、クロマルハナバチの攻撃性についても詳しい調査はできなかったが、各調査時による観察から、あるいは作業者および見学者などいずれの方も刺されなかったことを等を含めて、攻撃性はツチマルハナバチより穏和であると判断された。

(静岡県病害虫防虫所*)
(株式会社アリスタ ライフサイエンス**)