世界の農薬事情(4) -旧ソ連編-

佐野 倫

- アリスタ ライフサイエンス農薬ガイドNo.87/F (1998.4.1) -

 


 


 

はじめに

ご存知の通り、1991年末にソ連邦が崩壊して、今のCIS(=Commonwealth of Independent States、バルト3国を含めればNIS)諸国というそれぞれ独立国としての枠組みが出来た(地図参照)。以来今日に至るまで、各国とも政治・経済を中心に著しい変化が生じている。ロシアを例に取れば最近漸くインフレーションの沈静化などマクロ的には経済安定化の兆しを見せてきているが、ミクロのレベルではまだ細かい混乱は続いている。農薬を取り巻く状況も激変しており、またCISの各国毎の事情も全く異なり、到底一括りにして語る事はできないので、皆さんの関心を引くと思われる点にスポットを当ててみたいと思う。

 

旧ソ連時代

既に歴史上の過去となったが、旧ソ連の農業がどのようになっていたか簡単に復習しておいた方が参考になると思う。旧ソ連の営農システムとしてコルホーズ(集団農場)およびソフホーズ(国営農場)を想起される方が多いと思う。これは労働従事者だけで100~5,000人を含む一つの生産・生活単位で、耕作面積も各単位5~6,000haにおよび、日本のような個人営農の形態からは全く想像も出来ないような代物である。

農薬の生産や流通については、計画経済の枠組みの中で以下のようなシステムが取られていた。すなわち、

  1. 各地域に存在する農業試験場が当該地域の生産計画に応じ、農薬の必要量を算出する。
  2. 各地域の農薬必要量を、中央の農業省植物防疫局にて集計・分析する。
  3. 集計に基づき農薬の国内生産および輸入を農業省が一括で行ない、数箇所ある国営農薬倉庫に在庫保管する。
  4. 国営農薬倉庫から主として当用期に各地域の普及所経由、各農場に販売する。

最後の流通の段階では行政からの補助金で生産・輸入原価より安い価格で農場に供給されていた。一方、これらの農業資材を投入して得られる収穫物は割当てにより国家が買い上げていた訳であった。買上価格は国際市場より低く押さえられていた(野菜・果実などは自由市場もあったが、あくまで国内消費用である)。地域は広範に渡りかつ其々事情も違う事から、このような中央計画方式が流通から現場に至るまでに様々な非効率を生じていった事は想像に難くない。

 

農業地域

主要な農業地域と栽培作物は昔も今も変わるところはない。CIS諸国全体を見回すと、主要な作物は小麦等の穀類、トウモロコシ、飼料作物(ビート等)、ジャガイモ、ヒマワリ、シュガービート、ナタネ、綿花、果樹、野菜といったところである(第1表)。

ヨーロッパに近いウクライナやベラルーシあるいはロシアの黒土地帯・コーカサス地帯などではヨーロッパ型の栽培品種、すなわち穀類やビート、ジャガイモ、ヒマワリといったものが主要である。ロシアでもシベリアでは穀類が中心、極東に行くと中国から続く大豆の栽培地域が見られる。ロシアの国土は実に広大であるが、気候条件の厳しさから農業に適した地域は比較的限られており、主食および商品作物の栽培が目立っている。日常の食卓に上がる野菜などは日本人の目から見ると種類が少なく、かなり寂しいものである。

一方、中央アジアに目を向けると、カザフスタンの小麦類を除き圧倒的に綿花の栽培が中心になっている。これは旧ソ連が各共和国にモノカルチュア的な生産を割り振ってきた結果と言える。乾燥して土壌も肥沃といえない地域では止むを得ない面もあったはずであるが、旧ソ連崩壊後はさすがに各国とも食料自給を目指して小麦等の穀類の増産に力を入れている。なお、もう一つ付け加えておくと、中央アジアは果樹類の宝庫でバザールなどに行くとその種類と量に驚かされる。ウズベキスタンのメロンなどは隠れた名品であるが、輸送の困難等によりまず日本でお目にかかれないのは残念である。

 
第1表 主要な農作物、耕作面積(1996~1997)(1,000ha)
データなし アゼルバイジャン、グルジア、アルメニア、タジキスタン
  穀類 シュガー
ビート
ヒマワリ 亜麻 大豆 バレイ
ショ
野菜 トウモ
ロコシ
果物 ブドウ 綿 タバコ
ロシア 53,361 944 3,551 113 389 3,330 7,223 5,700 935 91 N/A 173 -
ウクライナ 10,750 1,140 2,065 41 20 1,579 484 2,819 630 130 N/A 28 4
ベラルーシ 2,645 56 - 98 - 720 74 300 - - N/A - -
モルドバ 310 73 168 - 2 2 27 250 148 130 N/A - 20
カザフスタン 25,000 90 100 - 50 100 50 - - - 120 - -
ウズベキスタン 1,500 - - - 2 110 250 300 140 120 1,510 200 8
キルギスタン 543 - - - - 11 13 53 - 8 26 2 20
トルクメニスタン 277 - - - - 3 25 48 17 25 600 14 -

 

現在の農薬事情

現在の農薬を取り巻く状況については、重要な国に焦点を当て説明したいと思う。ロシアなどには農薬の製造(製剤)工場があり国産農薬も販売されているが、新規製品の開発力はほとんど無く、また資金不足などにより生産設備の老朽化も目立っている。したがって何れの国でも欧米や日本のメーカーからの輸入農薬が重要なポジションを占めている。

 

ロシア

農薬市場は現在年間360億円近いと推計される。2~3年前までは120億円程度であったから伸長著しい状況である。

ロシアではソ連崩壊後も最近まで前述の農業省の一括買付が残っていた。一方、数年前から民間の農薬輸入・小売販売業者が出現しはじめ、農場に対して積極的に与信して収穫物などで決済を行なってきた結果、農薬の使用も適正に促進され市場が拡大してきたと言える。農業省の一括買付では国家予算による補助金があった事から農薬は安価で農場に供給されてきたが、IMFの意向を汲んだ補助金政策の撤廃と同時に一括買付も終了した。しかし貧しい地域においては、地方行政の主導により農薬を含めた資材供給への補助的政策は現在も続いている。

 

ウクライナ

農薬市場は年間約290億円で、ロシアと並ぶ市場である。

ウクライナではロシアに先んじて農業省の一括買付は終了し、民間の農薬輸入・小売販売業者の活動が始まった。これら販売業者はロシアと同じく、農場に与信して農機・農薬を販売するとともに農場からの収穫物の購入が主たる活動である。ロシアでは石油やガスなどのエネルギー資源が豊富で国家戦略の要になっているが、資源に乏しいウクライナは国家経済の中で農業が相対的に重要な位置を占めているといえる(国内総生産に農業の占める割合は13%、因みにロシアは6%)。


第1図 ウクライナにおける集団農場・国営農場・連合農業法人の採算性
*いくつかの集団農場が合同してひとつの法人となったもの

 

ウズベキスタン

農薬市場は年間30~40億円程度である。

中央アジアの国ということで農薬市場も綿花がターゲットである。中央アジアの国々では依然中央集権的な体制が政治・経済の中枢を占め、ロシアやウクライナ等に比べ民営化が遅れている。

農薬についても民間の輸入・販売業者は育っておらず、旧ソ連的な一括買付方式が残っている。ただし、国家予算の割当てや補助金は無く、資金の不安定な事から買付・販売の主体も流動的である。一方、収穫物である綿花の売買は事実上国家の管理下にあり、農場は自由に販売出来ない。多分に政治的要素が強い状況である。

 

これからの展望

旧ソ連崩壊によってコルホーズやソフホーズは消滅してしまった訳ではなく、生活単位かつ企業体としての集団農場は現在も綿々と存続している。ただしその独立性・自助努力は高まったと言える。

ロシアやウクライナでは、市場化の波を受け不採算化する農場が増える傾向がある一方、農業資材・機材への投資を積極的に行ない収益の向上を目指す農場も見受けられる。これからは農場間の格差もついてくるであろう(第1図)。また収穫物の国際市場への流通は、自国自給分への割当や品質管理も含めまだまだハードルはあるが、収穫物のトレーダーでもある民間の農薬販売業者の活動でこれから更に進展していくものと思われ、農場の収益向上に貢献して行くであろう。

ロシアにおいては金融資本が投機から産業投資に目を向けており、資源や通信の支配に活発な動きがあるが農業分野にも一部資金が流れてきている。また最近大統領が農地の売買について肯定的な見方を示しており、農地に担保価値が生じるかもしれない。資金の流通が促される事によって、農薬市場は現在の数倍に成長する潜在的な可能性はある。

一方、中央アジアやコーカサスの諸国については、暫くは安定しない状況が続きそうである。これらの国に対しては日本から積極的な農業向けの政府開発援助も行なわれており、将来に期待したいところである。

 

アリスタ ライフサイエンスの活動

現在ロシア、ウクライナ、ウズベキスタンを中心に農業に精通した専門家・販売員を20名近く擁し、除草剤センチュリオン(セレクト)を始めとする各種農薬をきめ細かく普及販売している。特にロシア、ウクライナにおいては地方のスタッフが充実しており、地域に密着した体制を取っている。

((株)アリスタ ライフサイエンス 生物産業部)