複数天敵を用いた

イチゴ病害虫の体系防除の検討

河名 利幸

- アリスタ ライフサイエンス農薬ガイドNo.90/D (1999.1.1) -

 


 


 

はじめに

 環境保全型農業の推進がいわれ、消費者からも農産物の安全性に対する要求が大きくなる状況の中で、様々な技術の開発が進められ、そのひとつとして各種作物における天敵利用技術の開発及び実践も行なわれている。

 イチゴ栽培においては長期間継続する栽培、収穫期間中に発生する様々な病害虫に頭を悩ませている。そのイチゴにおいてチリカブリダニに加えコレマンアブラバチ、ククメリスカブリダニが生物農薬として登録され、それぞれの天敵の対象害虫に対する高い防除効果が各研究機関によって確認されている。しかし、複数天敵を同時に導入した場合の各病害虫に対する効果および影響は、生産現場を中心に検討されている例が多いが、その評価は様々であり、効果があがらなかった場合の原因についてはあまり公表されていない。

 そこで今回は、天敵利用によるイチゴ病害虫の体系防除について検討し、その結果および課題として残された点について示す。

 今回の調査は千葉県安房支庁産業課、安房農業改良普及センター、病害虫防除所、JA千葉経済連、(株)アリスタ ライフサイエンスおよび暖地園芸試験場の共同で実施した。


関係者総出で害虫密度調査 ルーペで害虫の識別

調査方法

 千葉県館山市内の現地圃場(天敵放飼区1,000平方メートル、慣行防除区、1,500平方メートル)で品種;女峰を用いて実施した。定植;1997年9月22日~27日、ビニル被覆;10月22日~28日、マルチ被覆;11月8日頃にそれぞれ行ない、厳冬期の夜温管理は最低5℃であった。

 調査方法は、圃場内均一に200株の調査株を配置し、ハダニ類、オンシツコナジラミおよびそれらの天敵では1株当たり3葉、アブラムシ類およびその天敵では株全体、アザミウマ類およびその天敵では1株当たり3花を対象に、それぞれ寄生の有無についてだけ調査した。 各天敵の放飼時期および量については図中に示した。

 天敵放飼以外の薬剤散布については、育苗期間中は慣行防除により両区共通の管理を行なった。定植以降は天敵放飼区は、天敵に影響のない薬剤等、関係機関の示したマニュアルに沿って防除を実施、慣行防除区は生産者の判断で実施した。

第1図 ハダニおよびその天敵の寄生葉率
(注) 図中の矢印は天敵放飼、数値は放飼ボトル数、Sは、スポット散布を示す。

第2図 アブラムシ類およびその天敵の寄生株率
(注) 図中の矢印は天敵放飼、数値は放飼ボトル数を示す。

第3図 オンシツコナジラミおよびその天敵の寄生葉率
(注) 図中の矢印は天敵放飼、数値は放飼ケース数を示す。

第4図 アザミウマ類およびその天敵の寄生株率
(注) 図中の矢印は天敵放飼、数値は放飼ボトル数、クはククメリスカブリダニ、ナはナミヒメハナカメムシの放飼を示す。

調査結果および今後の課題

 ハダニ類に対する天敵の放飼は1回目は全面に、2回目はハダニ発生の認められる地点のみ部分的に実施した。しかし、12月中旬にはハダニ寄生葉率が約25%にも達し、さらに2回目放飼地点以外の場所でハダニの発生が認められたためオサダン剤のスポット散布および3回目の天敵放飼を実施した。この頃よりカスリ、スクミ(生育抑制)症状が現れ寄生葉率も30%になったが、その後寄生率上昇は止まり逆に天敵寄生葉率が上昇した。その結果4月にはハダニ類、天敵の両方の寄生がほとんど認められなくなり葉の被害も同様になくなった。

 アブラムシ類に対する放飼は、定植時処理の粒剤の効果が切れたと考えられる11月上旬からアブラムシの寄生が認められたため、その後の11月下旬およびその1週間後の2回実施した。12月下旬には天敵の寄生、マミーが認められ、その後急激にアブラムシ類の寄生株率が低下非常に高い効果が認められた。

 オンシツコナジラミに対する放飼は11月下旬およびその1週間後の2回行ない、通常連続して行なう3、4回目は、天敵羽化時期とその後が厳冬期になることから中止した。オンシツコナジラミの寄生葉率は1月までは約3%で推移していた。その後徐々に上昇したが、天敵の寄生はほとんど認められなかった。そこで再度2月下旬およびその1週間後に放飼し、その結果天敵寄生葉率は上昇したが、3月以降のオンシツコナジラミの増殖が早く5月まで抑制効果は認められず、すす病発生も認められた。この原因として秋の放飼の効果が発揮されず、春の放飼も時期が遅れ、量も少なかったと判断された。オンシツコナジラミは2月までは増殖が抑制されていたため、厳冬期からの放飼開始で対応可能ではないかと考えられる。ただし、今回の2月までの増殖抑制が秋放飼のホストフィーディングによる結果の可能性は否定できない。


天敵の放飼 放飼された天敵(チリカブリダニ)

 

 アザミウマ類に対しては、通常害虫および被害の発生は4月以降と考えていたが、1998年は春の気温が非常に高く、施設内への成虫侵入は早まり3月中旬から始まった。3月下旬からククメリスカブリダニを1週間間隔で3回、続けてナミヒメハナカメムシを2回放飼したが、アザミウマ類の増殖およびそれに伴う果実被害の発生はまったく抑制できなかった。この原因として放飼時期の遅れが第一の要因と考えられるが、餌となるアザミウマ成幼虫は存在していたにも関わらず天敵の定着(放飼した両種天敵の株上での確認)がまったく認められず、なぜ定着しなかったのかが疑問である。

 慣行防除区では、定植後12中旬までおよび4月下旬以降に数回の殺ダニ剤散布、1、2月に2回のアブラムシ類、コナジラミ類対象の殺虫剤散布が行なわれた。その結果、3月まではいずれの調査対象害虫も非常に低密度に抑制されていた。しかし、4月以降ハダニ類およびオンシツコナジラミが急増し、生育後半になって被害が発生した。アブラムシ類およびアザミウマ類の発生は最後まで抑制されていた。

 他の病害虫については、育苗期間中からハスモンヨトウの発生が非常に多く、11月まで継続した。天敵区では、IGR剤を中心とした天敵に影響のない薬剤でハスモンヨトウ防除を実施し、多発のため葉での食害は認められたものの慣行区と同程度の被害に抑制できた。また、うどんこ病の発生も多く、定植後は11月頃より栽培終了まで適宜薬剤散布が行なわれ、天敵区、慣行区とも同程度の発生であった。

 以上のように、天敵による害虫防除はハダニ類、アブラムシ類に対しては高い効果が確認され、逆にオンシツコナジラミ、アザミウマ類では被害の抑制はできず失敗であった。

 この結果から以下の点を課題としてあげた。ハダニ類に関しては、結果的には防除効果は認められたものの2回の放飼では抑制できなかった。これは、2回目の放飼が天敵の寄生が認められない場所へのスポット放飼だったため、さらに3回目のスポット放飼が別地点で必要になったことであり、この問題の解決には、生産者に部分的なハダニだけの発生を確実に発見する観察力が必要となる。しかし、現実的には困難が予想され、2回の全面放飼が効果的ではないか、と考えられた。次に、放飼時期の問題である。特にアザミウマ類に対しては放飼時期の遅れが失敗の原因であった。秋の発生はほとんど認められず、春、換気の開始に伴い急激に発生量が増大するため、それへの対応が必要となった。そこで早い時期から放飼しアザミウマ以外の餌、寄主で天敵の増殖をすすめた上で、大量の侵入に備える必要があると考えられる。

 生産者が害虫発生を常に観察、監督しながら天敵放飼に備えるという点については、生産者の高齢化にも伴い困難な問題もあると考えられる。そのためにもある程度のスケジュール放飼、全面放飼が、天敵による防除は一部生産者だけの特殊な防除技術、としないためにも必要と思われる。さらに、今回の試験においては、ハスモンヨトウ、うどんこ病の発生が非常に多かった。その結果、天敵区でも多くの散布作業が必要となった。また慣行区ではダニ、アブラムシ等の防除薬剤が使用されているが混用散布が可能であったため、散布回数には、天敵区、慣行区の差はなく天敵利用が省力にはつながらなかった。逆に病害虫防除のための必要経費は天敵区が非常に大きくなり収支上のメリットはまったくなかった。したがって、天敵防除の対象とはならない他の病害虫の効率的な抑制あるいは病害に対しては耐病性品種の導入ということも考えなければ、天敵活用のメリットは生じないと考えられる。

 以上のような課題を念頭に置き今年度の天敵放飼および調査を実施している。

(千葉県暖地園芸試験場)