テンサイの褐斑病、

ヨトウガの発生推移と防除(2)

神沢 克一

- アリスタ ライフサイエンス農薬ガイドNo.90/G (1999.1.1) -

 


 


 

(前号より続く)

3.ヨトウガについて

(1)ヨトウガの発生推移

 ヨトウガは極めて雑食性の害虫で、テンサイを始めキャベツ、エンドウ、ジャガイモなど100種以上の植物を加害する。テンサイが栽培される以前より、キャベツなどの害虫として熱帯地方を除く全世界に分布している。テンサイ糖業が始まった国々においては栽培と同時にヨトウガの被害を受けている。日本でも、テンサイが導入された当時にはエンドウの被害が大きく、エンドウキリムシと呼ばれていたが、現在ではエンドウよりテンサイの害虫としてよく知られている。

 当時の被害は凄まじいもので、加害は根部にまで及び、年3回の発生などが記録されている。そのため、家族総出にて株を揺すり地面に落ちた幼虫を集殺すること、1枚の圃場を食いつくしたヨトウガが次の圃場に移動するのを防ぐために深い溝を掘ることなどが指導されている。日本酒、黒砂糖などからなる誘殺等も農業試験場により考案されるなど、ヨトウガの暴食を食い止めるのに必死であった。

 農薬としては、昭和初期より砒酸鉛が、ボルドー合剤と共にテンサイの代表的な農薬として昭和20年代まで使用されてきた。昭和30年代には有機塩素剤が使用され、強力な殺虫力と持続性で劇的な効果を示し、散布体系が確立した。その後有機塩素剤の使用中止に伴い、有機燐剤が使用されたが、1973年(昭48)にオルトランが登録されると、優れた殺虫力と持続性により本剤に置き換わっていった。最近では、ピレスロイド系、カーバメート系、IGR系の殺虫剤が普及し、タイプの異なる農薬を組み合わせて防除するようになってきたが、オルトランは主要な農薬の一つとして使用されている。

 ヨトウガは、通常年2回発生しており、一化期の発生は越年した蛹がガとなり、飛来して産卵することから始まる。ガの飛来は6月上旬より始まり6月下旬に最盛期を迎える。葉の裏面に20~300個程度の卵を卵塊として産み付ける(写真5)。

(5)ヨトウガの卵塊 (6) ヨトウガ被害程度2~3
(平均的な発生量)

 

 卵は4~7日で孵化する。孵化した幼虫は、最初集団でいるが、その後分散して葉を食害する。幼虫期は温度によって異なるがほぼ25~35日間であり、この間1頭の幼虫が約1枚の葉を食べる。6齢期を経て蛹となって土中に潜り、20日間程度で羽化し、ガとなってテンサイに卵を産み付ける。これが二化期の始まりであり、被害は9月上旬から10月上旬まで続く。その後蛹となって土中に潜り越年する。しかし、冷涼な年には、一化期の期間が長くなり蛹が休眠し、二化期のガが発生しないことがある。逆に気温が高いとライフサイクルが早くなり年3回の発生となると言われているが、極めて希なことで近年では記録されていない。

 1976年より実施しているヨトウガ防除試験における無散布区の被害程度を第3図に示した。被害程度は、0:無被害から5:全葉食害までの6段階の被害指数で示したが、いずれの年次も指数3以下の被害であり、葉に食痕が残る程度の被害である(写真6)。しかし、年によっては、一般の圃場で部分的に指数5に近い被害を受けることもあった。(写真7)。

 過去の記録と比較すると、最近の発生は一化期、二化期とも軽微であり、その原因としては、試験区が防除の行き届いた圃場の中に設置されていることもあるが、テンサイ畑全体の防除が良く行なわれ、越年するヨトウガの密度が著しく低下していることによると考えている。

第3図 ヨトウガの被害の推移(1976~1997)
(注) 1991年、1995年は試験を実施していないので欠測値

切葉時期 根重 根中糖分 糖量
無切葉 100.0 100.0 100.0
7月13日 47.9 98.6 47.2
8月16日 59.9 91.6 54.8
9月15日 87.9 81.0 71.2

第2表 ヨトウガの被害を想定した切葉の影響
  (無切葉を100とした収穫時の指数)

(2)ヨトウガの被害

 ヨトウガの被害は食害により葉が失われることにより、根重、根中糖分が影響を受けるものであり、雹(ヒョウ)や、風害により葉が損傷したとき同様、機械的な損傷による被害に近い。第2表にはヨトウガの被害を想定し、全葉を切り取った場合の根重、糖分に対する影響を示した。

 テンサイの生育相から見れば一化期は根重肥大期にあたり、二化期は糖分蓄積期にあたる。そのために一化期にあたる時期の切葉は根重を、二化期にあたる切葉は糖分を大きく低下させている。しかし、全体の被害を考えれば、一化期は茎葉も繁茂期にあり、葉が失われれば再生のためにこれまで蓄えてきた養分を使うので、生育全体を遅延させ、糖量を著しく低下させている。結果として褐斑病の被害を含め一化期のヨトウガの食害が最も恐ろしい。

 ヨトウガ1頭の総摂食量は約18,000平方メートルであり、一化期頃の葉面積から推定すると27頭の幼虫がいれば株全体を食いつくすこととなる。同様に二化期について計算すると40頭程度となる。1頭のヨトウガが1,000個の卵を産卵し、全て孵化すると仮定するとha当り2,000~3,000頭(30~50平方メートルに1頭)のヨトウガが飛来し、産卵すれば全圃場を食いつくすに必要な幼虫数となる。ヨトウガは通常5回脱皮し蛹となるが、各齢期により体長、摂食量などが決まっている。1齢虫は体長5mm程度であり、10日前後で3齢虫となるが、この時の体長は10mmである(写真8)。その後急速に大きくなり、色も緑のものから褐色のものまで変化に富み、体長は30~40mmに達する(写真9)。摂食量の88%は6齢虫になっての食害であり、1~3齢までの摂食量は150mm程度で総量の0.9%である。この数値を基に一株を食いつくす27頭による3齢までの摂食面積を計算すると一株に付きわずか0.2~0.3葉の被害である。

(3)ヨトウガの防除

 ヨトウガ防除の要点は、食害が少なく、比較的集団でいる3齢虫までの間に農薬を散布して殺虫することである。そのため、圃場観察により卵塊が認められたら、孵化する期間を考慮して4~7日後に農薬を散布することが勧められている。

 北海道においては、一化期の発生は際だったピークがなくだらだらと続くことが多く、散布時期を決めるのが難しい。また、温暖な地帯では時季はずれの早期にガが飛来し、部分的な被害を受けることがある。そのため2、3回の散布を行なう場合がある。ジノミ、テンサイモグリハナバエなどの防除のためにオルトランの苗床灌注が普及しているが、この方法により一化期のヨトウガの防除までは期待できないが時季はずれの早期ヨトウガの被害はある程度軽減できる。また、テンサイモグリハナバエの防除で散布した場合もその後のヨトウガの防除に好影響を与える。

 オルトランは根部の他に、葉柄基部、葉部などからも吸収され、安定して効果が持続するので一化期などの防除には適した農薬であり、適切な予察に基づいて散布することにより、少ない回数で効果を上げることができる。

(7)ヨトウガ被害程度5
(8)若齢幼虫(体長10~15mm) (9)老齢幼虫(体長30~40mm)

 

4.おわりに

 褐斑病、ヨトウガによる被害は、テンサイ栽培の存続を左右する程の被害を与えてきたが、これらの防除体系が確立し、発生源が減少してきたため、近年両者とも発生量は軽減している。しかし、防除を怠ると激発することがあり、今日においても最も被害面積の多い警戒を要する病害と虫害である。 北海道の夏期の気象は変動が大きく、褐斑病、ヨトウガ共に初発期、および発生量が気象により左右され、年次間による変動が大きい。

 今後の防除を考えるとき、栽培コストの削減、あるいは減農薬の観点から見て、褐斑病、ヨトウガとの発生の推移にあわせた合理的な散布が求められる。それには実験あるいは経験に基づく理論的かつ統計的な発生予察と圃場観察による発生の把握が必要である。

 たとえば、褐斑病であれば1サイクルの有効積算温度が200℃前後であり、経験的にほぼ4サイクルに相当する800℃に達する頃を初回散布の目安にできる。より正確には、圃場観察により初期病斑の株率により散布日を決定する。

 ヨトウガについても一化期の発ガ日を有効積算温度285℃に達する頃とし、圃場における産卵状況を知ることで正確な散布日を決定できる。 しかし、このような防除手法の基本となっているのは、褐斑病にあっては初期病斑の胞子形成を確実に阻止できる治療効果の高いホクガードのような農薬の散布であり、ヨトウガにあってはオルトランのような持続期間の長い農薬の散布である。 それぞれの農薬の特徴を生かし、一番効果の上がる時期に散布することが、合理的な防除につながるものと考えている。

(日本甜菜製糖株式会社総合研究所)