微生物殺菌剤「ボトキラ-水和剤」

― 特徴と使用法 ―

川根 太

- アリスタ ライフサイエンス農薬ガイドNo.91/F (1999.4.1) -

 


 


1.はじめに

 ボトキラー水和剤は、出光興産(株)が開発した細菌を有効成分とする日本初の灰色かび病防除(対象作物:ナス、トマト)のための微生物農薬である。

 ボトキラ-水和剤は生物剤でありながら耐久性のある芽胞を有効成分とするため保存性に優れるとともに、化学農薬との混用・併用が可能な使いやすい微生物農薬である。

 ボトキラー水和剤の効果は、化学農薬とは異なる作物(微生物による拮抗作用)によることから、化学農薬の使用においてしばしば問題となる「耐性菌の出現による薬剤の効果低下」に対しても十分防除効果が期待できる。

 また、有効成分であるバチルス・ズブチリス芽胞は、通常、微生物の生存に影響をおよぼす紫外線、化学物質等の暴露に対して抵抗性を示す。

 このような特性からボトキラ-水和剤は化学農薬を使用しないで灰色かび病を防除できるだけでなく、化学農薬との混用または体系防除における化学農薬との交互散布が可能であり「化学農薬のみに頼るのではなく耕種的防除および生物的防除を組合わせた総合的病害虫管理」の考え方に適した剤であるといえる。


第1図 バチルス・ズブチリスの生活環 1)

2.ボトキラ-水和剤の有効成分

 ボトキラー水和剤の有効成分はハチルス・ズブチリス(和名:枯草菌)芽胞である。芽胞は植物でいえば種子に相当し、乾燥、温度等外的環境から生命体を守る殻を被った状態である。バチルス・ズブチリスは第1図に示すような生活環を取る 1)。芽胞は生育条件が整えば発芽し栄養体細胞(第2図)となって細胞分裂を繰り返す。生育条件が悪くなると菌体内に芽胞を作り耐久体となって生存する。また環境が好転すれば芽胞は発芽し細胞分裂を再開する。発芽、細胞分裂は10~50℃の温度範囲で起こることから、ボトキラ-水和剤は10~50℃の温度範囲で働き、効果を発揮することとなる。


第2図 バチルス・ズブチリス栄養体細胞


第3図 植物体上に定着したバチルス・ズブチリス


第4図 ボトキラー水和剤による生物的防除の仕組み

3.ボトキラー水和剤の生物的防除の仕組み

 ボトキラ-水和剤は殺菌剤に分類されるが、有効成分バチルス・ズブチリスは灰色かび病菌に対し、死滅させるといった直接的作用には乏しい。

 灰色かび病の防除は植物体上での病原菌との凄息場および栄養物の奪い合いによる競合(拮抗作用)により生じている。「先に住み着いて、後から来る病原菌を排除する(植物体をガードする)」のである(第3図、4図)。

 ボトキラー水和剤を植物に散布するとバチルス・ズブチリス芽胞が植物体(葉、茎、花弁等)に付着し生存する(第5図)。付着したバチルス・ズブチリス芽胞が活動を開始し定着するためには温度、栄養物、水分が必要となる。活動温度幅は10~50℃である。栄養物は植物の代謝する有機酸、空気中に塵、埃として浮遊する有機物、花粉、昆虫の排泄物等である。水分は空気中の湿気または植物体表面の結露水等を利用する。バチルス・ズブチリス は温度、栄養物、水分の全ての条件が揃って初めて活動する。どれか一つでも欠けると活動は停止し速やかに芽胞を作り休眠する。したがって、バチルス・ズブチルスが働くのは通常、気温が低下し湿度が上昇する時間帯、すなわち、夕方から翌日午前中にかけてである。昼間は芽胞として生存することから紫外線暴露、乾燥といった悪環境下でも十分生存していけるのである。


第5図 植物体上に付着したバチルス・ズブチリス芽胞

第1表 適用病害の範囲および使用方法
作物名 適用病害名 希釈倍数 10a当り散布液量 使用時期 総使用回数 使用方法
ナ ス
トマト
灰色かび病 1,000倍 150~300 リットル 開花期~
収穫前日まで
8回以内 散布

第2表 ボトキラ-水和剤の有効成分に対する化学農薬の影響

薬剤名 成分名 有効成分の
生育に
及ぼす影響
混用事例

アミスター20フロアブル アゾキシストロビン -
オーソサイド水和剤 キャプタン ++
カスミンボルドー水和剤 銅・カスガマイシン +
ゲッター水和剤 ジエトフェンカルブ・
チオファネートメチル
-
サンドファンC チキサジキシル・銅 ±
サンヨール乳剤 DBEDC ±
ジマンダイセン水和剤 マンゼブ ++
ストロビーフロアブル クレソキシムメチル -
スミブレンド水和剤 ジエトフェンカルブ・
プロシミドン
-
スミレックス水和剤 プロシミドン -
サイビアーフロアブル20 フルジオキソニル -
Zボルドー水和剤 -
ダコニール1000 TPN ++
トップジンM水和剤 チオファネートメチル -
トリアジン水和剤 トリアジン -
トリフミン乳剤 トリフルミゾール -
トリフミン水和剤 トリフルミゾール -
バシタック水和剤 メプロニル -
ビスダイセン水和剤 ポリカーバメート +
フルピカフロアブル メパニピリム -
ベンレート水和剤 ベノミル -
ポリオキシンAL水和剤 ポリオキシン -
モレスタン水和剤 キノキサリン ++
ルビゲン水和剤 フェナリモル -
ロブラール水和剤 イプロジオン ±
ユーパレン水和剤 スルフェン酸系 ++

薬剤名 成分名 有効成分の
生育に
及ぼす影響
混用事例

アグロスリン乳剤 シペルメトリン ±
アグロスリン水和剤 シペルメトリン -
アドマイヤー水和剤 イミダクロプリド -
アプロード水和剤 ブプロフェジン -
アリルメート乳剤 エチオフェンカルブ -
エイカロール乳剤 フェニソブロモレート -
オサダン水和剤 酸化フェンブタスズ -
サイアノックス乳剤 CYAP -
サイハロン乳剤 シハロトリン -
ジメトエート乳剤 ジメトエート -
除虫菊乳剤 除虫菊 ±
スミチオン乳剤 MEP -
ダニトロンフロアブル フェンピロキシメート -
デス乳剤 DDVP -
トレボン乳剤 エトフェンプロックス -
ニッソランV乳剤 ヘキシチアゾクス・
DDVP
-
ハクサップ水和剤 フェンバレレート・
マラソン
-
ピリマー水和剤 ピリミカーブ -
ブラックリーフ水和剤 硫酸ニコチン -
マブリック水和剤 フルバリネート -
ロディー乳剤 フェンプロバトリン ±
(注)
○:混用してよい
△:混用しない方がよい
(植物体上での有効成分の定着に影響する場合あり)
○、△ともに近接散布(翌日以降)は問題ありません。

4.ボトキラー水和剤の特徴

 以上述べたような有効成分の性質および防除の仕組みからボトキラ-水和剤の特徴をまとめると次のようになる。

(1)高い予防効果を示す
植物体上に定着することにより病原菌の植物体上での活動を抑制する。
(2)主な化学農薬と併用・混合散布できる
有効成分は芽胞の状態で生存する。ボトキラ-水和剤はナス、トマトに登録のある主な殺菌剤、殺虫剤と併用・混合散布が可能である(第2表)。
(3)耐性菌にも効果がある
化学農薬とは全く異なる作用性から化学農薬に対し感受性が低下した病原菌(化学農薬耐性菌)にも効果がある。
チオファネートメチル・ジェトフェンカルブ剤耐性菌が出現している圃場での防除試験においてチオファネートメチル・ジェトフェンカルブ水和剤単用に比べボトキラー水和剤単用またはボドキラー水和剤とチオファネートメチル・ジェトフェンカルブ水和剤との併用において安定した防除効果が確認されている(第6図)。
(4)保存性に優れる
有効成分である芽胞は乾燥に強く常温で3年間安定に生存する。


第6図 化学農薬耐性菌出現圃場でのボトキラ-水和剤の効果

    作物・病害:トマト・灰色かび病
    場所:鹿児島県農業試験場(チオファネートメチル・ジェトフェンカルブ剤耐性菌出現圃場)
    時期:1998年2月~3月
    散布:2/23、3/2、3/9、3/16
    発病:少発生(無処理:発病果率6.2%)
    調査:毎回散布日に、各試験区の全果実数と発病果実数を調査

5.ボトキラ-水和剤を組入れた体系防除

 ボトキラ-水和剤は生物剤でありながら主な化学農薬と併用・混用ができる。従来の化学農薬による慣行防除に容易に組み得れることが可能であり減農薬による灰色かび病の防除が可能となる(ボトキラ-水和剤は農林水産省の有機農産物ガイドラインにおいて農薬使用のカウントに含まれない。)

 実際にボトキラーを主体とした体系区と化学農薬のみの慣行区との防除効果を比較しても防除効果は同等でありボトキラー水和剤を組入れた体系防除の実用性は高いことが確認できる(第7図)。

 さらに、1996年から1998年の3年間にわたる大坂府立農林技術センターでの体系防除試験結果からボトキラー水和剤を体系防除に組み入れることにより化学農薬耐性菌が減少し、感受性菌の割合が増加することが明らかとなった。体系防除としてボトキラー水和剤を組み入れることにより防除がより容易になるということである。


第7図 ボトキラー水和剤を組入れた体系防除

作物・病害:ナス・灰色かび病
品種:千両2号
場所:大坂府立農林技術センター
時期:1996年4月~6月
調査:毎回散布日に、各試験区の前果実数と発病果実数を調査した。
試験区

BS:ボトキラー水和剤1,000、B:ベンレート水和剤2,000、
P:プロシミドン水和剤15,000倍、M:メパニオピリム水和剤2,000倍

試験区 散布月日
4/19 4/26 5/2 5/11 5/17 5/24 5/31 6/7 6/14
体系区(ボトキラー主体の散布) BS- B- BS- BS- P- BS- BS- M- BS-
対照区(慣行の散布) B- P- M- B- P- M- B- P- M-
結果
体系区は対照の化学農薬散布区と同様の発病推移を示し、3回散布以降発病が急減し同等の防除効果が認められた。

6.おわりに

 ボトキラ-水和剤は実際の防除現場で十分使っていけるポテンシャルを持っている。環境保全、安全性といったニーズに対応するために単に化学農薬と置換えることにのみメリットがあるのではなく、むしろ耐性菌対策に苦慮している地区での灰色かび病の制御に対して期待される剤といえる。

引用文献
1)「芽胞学」蜂須賀養悦著 東海大学出版会(1988)

(出光興産(株)新規事業推進室)