スリポ-ルによる
ナスのミナミキイロアザミウマ防除

永井 一哉

- アリスタ ライフサイエンス農薬ガイドNo.94/A (2000.1.1) -

 


 


 

1.はじめに

 ヒメハナカメムシ類はアザミウマ、ハダニ類などの様々な種類の微小な節足動物を補食する天敵であるが、特にミナミキイロアザミウマやミカンキイロアザミウマ等のアザミウマ類を好み、アザミウマ類に対する密度抑制効果は高い。わが国には7種のヒメハナカメムシ類が生息することが、Yasunaga(1997)により明らかにされ、その内、国内のほぼ全域に生息し、畑やその周辺雑草で普通に発生している種類がナミヒメハナカメムシ(Orius sauteri)で、本種を大量増殖し製剤化した製品がスリポ-ルである。

2.ナミヒメハナカメムシの生態

 ヒメハナカメムシ類は、わが国に生息するカメムシの中では最も小型のグループに属し、成虫でも体の長さ約2mmと極めて小さい(写真1)。成虫の体色は黒っぽく小バエのように見えるが、つぶすとカメムシ特有の異臭をかすかに放つ。幼虫は成虫より小さく体の長さは0.6mm(1齢:写真2)~1.7mm(5齢:写真3)で、体色は通常黄色であるが、低温期には褐色の幼虫が多くなる。ふ化直後の幼虫はミナミキイロアザミウマよりやや小さく、肉眼では若齢幼虫をアザミウマ類の幼虫と見間違うこともあるが、ヒメハナカメムシ類の幼虫はアザミウマ類幼虫に比べて、動きが敏捷である。

a)河合章(1986)より引用

  15℃ 20℃ 25℃ 30℃
ナミヒメハナカメムシ 1.5 9.9 46.5 146
ミナミキイロアザミウマ a) 2.9 11.0 55.7 75.2

第1表 ナミヒメハナカメムシとミナミキイロアザミウマの
温度別の1ヵ月当りの増殖倍率の比較


▲ナミヒメハナカメムシ(左から)成虫、1齢幼虫、5齢幼虫、ゼラニウムに産卵された卵

 ナミヒメハナカメムシの卵は植物組織に産卵されるが、卵蓋は表面に露出している(写真4)。ふ化後の幼虫は5齢を経て成虫になる。卵期間は15℃で14日、20℃で8日、25℃で5日、30℃で3日で、幼虫期間は15℃で41日、20℃で19日、25℃で12日、30℃で10日である。羽化後の雌成虫の生存日数は15℃では36日と長いが、20℃および25℃では約20日、30℃では9日しかない。1雌当りの生涯総産卵数は25℃で75卵あるが、20℃および30℃ではやや減少し約50卵であり、15℃では12卵しかない。増殖倍率は15℃から30℃で温度が高いほど高まり、30℃ではミナミキイロアザミウマより高くなる(第1表)。卵および幼虫の発育零点は10℃前後である。また、ナミヒメハナカメムシは高温に比較的強く、ミナミキイロアザミウマよりも高温耐性がある。

 このため、ナミヒメハナカメムシは施設内の平均気温が20℃以下の時期に効果が低下する。さらに、施設内の温度が高くても、12時間以下の短日条件では雌成虫が休眠し産卵しない個体の割合が高まる。休眠には幼虫期の日長が大きく影響するため、短日期であっても放飼された成虫は産卵できるので次世代は発生するが、それ以後の世代が継続しなくなる。さらに、補食量も気温の低下とともに減少し、15℃では極端に少なくなる。春~夏期の気温が低下していく時期よりも効果的で持続期間も長くなる。作型では栽培期間に占める長日高温期の割合が大きい半促成栽培が促成栽培より利用に適すると考えられる。

3.施設栽培ナスでの放飼効果

 矢野・永井(1997)は、ナス、ピーマン、キュウリでのミナミキイロアザミウマの防除にナミヒメハナカメムシの放飼効果をシュミレ-ションモデルで検討したところ、ピーマンで最も有効で、次いでナスで効果があるが、キュウリではやや不安定であった。また、ナスでは生育初期が放飼頭数が少なくてすみ、同一頭数放飼するなら1回にまとめて放飼するより、1~2週間間隔で2回に分けて放飼する方が効果は高くなると予測された。

 (1) 半促成栽培

 半促成栽培ナスではアザミウマ類の防除にナミヒメハナカメムシを使うと、アザミウマ類以外の害虫防除にも天敵が利用しやすくなる。第2表は岡山農試の野菜・花部の半促成ナスでの1998年の害虫防除暦である(注:第2表には農薬登録準備中のものを一部含む)。この圃場では栽培の試験が行なわれており、効果の確認は栽培の研究員の意見を参考に実施しているが、1998年の場合、一時的に害虫の被害は生じたが、ほぼ満足できる効果であった。この年はミカンキイロアザミウマなどのミナミキイロアザミウマ以外アザミウマよりも早くナスに発生していた。それで、ミナミキイロアザミウマの密度が低い時期に放飼したナミヒメハナカメムシがこれらを餌に増殖し高密度になったため、ミナミキイロアザミウマによる被害を十分抑制できたと考えている。カンザワハダニの防除に天敵のチリカブリダニを、オンシツツヤコバチを放飼し、天敵による防除効果が不十分な場合は補助的に殺虫剤等を散布したが、生物由来の殺虫剤であるBT剤を除くと直接ナスに散布した化学合成殺虫剤の散布は3回であった。

注:アンダーラインは化学合成殺虫剤を示す。

処理月日 防除資材(処理量または散布濃度、薬量) 防除目的とした害虫
3月31日
4月 8日
24日
5月20日
28日
6月 4日
24日
7月 6日
15日

8月 7日
13日
9月 8日
28日
11月16日
チェス粒剤(0.5g/株)
スパイデックス(5頭/株:2ボトル/10 a)
ナミヒメハナカメムシ成虫(1頭/株:800頭/10 a)
エンストリップ(1カード/10株:80カード/10 a)
    〃
    〃
ラノーテープ(20m×3畝=60m/130㎡:460m/10 a)
エスマルクDF(1,000倍)
黄色蛍光灯(2基/130㎡:15基/10 a)
スパイデックス(2.5頭/株:1ボトル/10 a)
オサダン水和剤(1,000倍)
エスマルクDF(1,000倍)
エスマルクDF(1,000倍)
コテツフロアブル(2,000倍)
モスピラン水和剤(4,000倍)
アブラムシ類、オンシツコナジラミ
カンザワハダニ
ミナミキイロアザミウマ
オンシツコナジラミ
    〃
    〃
    〃
ハスモンヨトウ
ハスモンヨトウ、オオタバコガ
カンザワハダニ
カンザワハダニ、チャノホコリダニ
ハスモンヨトウ、オオタバコガ
ハスモンヨトウ
ミナミキイロアザミウマ
モモアカアブラムシ

第2表 害虫防除資材

 (2) 促成栽培

 10月上旬、ビニルハウス内に定植したナスにナミヒメハナカメムシ成虫の放飼頭数(株当り1頭、および5頭)または放飼回数(定植8日後に1回、および定植8日後と20日後の2回)を違えた区を設け、ミナミキイロアザミウマに対する防除効果を比較した。なお、ハウス内の最低気温は20℃とした。

 放飼したナミヒメハバカメムシの個体数は、いずれの区も放飼後減少したが、5頭放飼区の減少は大きく、放飼4日後には1頭放飼と差がなくなった(第1図)。ナミヒメハナカメムシ幼虫の発生は10月下旬から見られ、ピークは1頭放飼区で11月上旬、5頭放飼区で10月下旬、1頭2回放飼区で11月中旬であった。それ以後の世代の発生は少なく全放飼区でナミヒメハナカメムシの個体数は減少した。また、5頭放飼区のピークは1頭放飼区に比較して高くなかった(第1図)。


第1図 ナミヒメハナカメムシの放飼量と放飼回数が異なるビニルハウス
でのナミヒメハナカメムシ成幼虫の個体数変動
(ビニルハウス内の総個体数)


第2図 ナミヒメハナカメムシの放飼回数および量が異なるハウスでの
ミナミキイロアザミウマの密度変動

 ミナミキイロアザミウマの個体数は10月下旬から11月中旬にかけてナミヒメハナカメムシを放飼した全区で葉当り1~2頭と無放飼に比較して低密度で推移し、各放飼区間に差はなかった。その後、1頭2回放飼区では11月下旬まで密度の上昇は比較的少なかったが、その他の区ではミナミキイロアザミウマの密度が急激に高まった(第2図)。しかし、1頭2回放飼区でも12月上旬にナミヒメハナカメムシの個体数が減少し、ミナミキイロアザミウマの個体数が増加した。

 以上の結果から、促成栽培ナスの定植期におけるナミヒメハナカメムシ成虫の放飼量は株当り1頭で十分で、その約10日後に株当り1頭を追加放飼すると効果の持続期間が長くなる。しかし、この程度の持続期間の延長では不十分で、冬期には殺虫剤で害虫防除し、翌春再放飼する必要がある。しかし、ナミヒメハナカメムシ製剤の価格は高いので、何度も放飼できない。そこで、冬期の短日条件でも増殖する非休眠性のハナカメムシ類を秋期(定植直後)に放飼することによって、初夏(収穫終了時期)までアザミウマ類の防除に利用する体系が現在検討されている。

(岡山県農業総合センター農業試験場)

引用文献
河合 章(1986)野菜試報C9:69-135.Kohno, K. (1998)Appl. Entomol. Zool. 33:487-490.
Nagai, K. and E. Yano (1999) Appl. Entomol. Zool. 34: 223-229
Yasunaga, T. (1997) Appl. Entomol. Zool. 32:355-364, 379-386, 387-394.
矢野栄二・永井一哉(1997)応動昆41回大会講要’10.