炭疽病菌のリンゴにおける
越冬と効果的な防除法

浅利 正義

- アリスタ ライフサイエンス農薬ガイドNo.96/E (2000.7.1) -

 


 


 

 近年は、全国的に炭疽病の発生が増加し、問題になっている。その原因として、多雨などの気象要因があげられるが、秋田県北部では他に、炭疽病の重要な伝染源であるニセアカシアが多く存在することが関係している。また、最近は、秋期の高温多雨により、リンゴ樹上における炭疽病菌の越冬量も増加傾向を示し、今後最も注意すべき病害である。 そのため、気象に対応し臨機応変に防除対策を講ずることが重要であるが、一般に事後対策になり被害を受ける可能性が高い。そこで、あらかじめ夏期の防除体系を炭疽病重視のものに改善しようとした。秋田県北部におけるリンゴ病害の発生状況に対応した防除体系ではあるが、炭疽病の防除面で参考になると思われるので紹介する。

1.リンゴ樹上における炭疽病菌の越冬と分生胞子形成

 リンゴ炭疽病の発生には、ニセアカシアが関与することが多いが、近年はニセアカシアが近くに存在しない場合でも発生が多い。そこで、炭疽病菌のリンゴ樹における越冬状況を調査した結果、主として頂芽、腋芽および果台などで越冬することが明らかになった。これら越冬部位の中で、果台を対象に分生胞子の形成状況を経時的に調査した結果、6月以降11月まで認められ、主な形成期は6月および9月頃であった。この傾向は、ニセアカシアからの分生胞子飛散消長(No.80アリスタ ライフサイエンス農薬ガイド参照)とほぼ一致したが、伝搬はリンゴの方が遅い時期まで続いた。

 また、秋田県鹿角地方における現地圃場の炭疽病菌越冬量は、1997年に比べ1999年の方が多く、園地間差も明らかに認められた。これは、気象条件や防除対応などの栽培管理の違いによるものと考えられ、この年次変動を明らかにすることは発生予察上重要である。

分離部位 王林 ふじ スターキング
頂芽 75 76 96
新梢樹皮 1 5 6
新梢皮目 23 43 13
新梢腋芽 87 93 91
2-3年枝樹皮 1 8 3
2-3年枝皮目 11 30 1
剪定痕 2 17 8
果台 47 48 51
粗皮 0 0 1
果梗残渣 - 41 -

第1表
前年に無防除で炭疽病菌を接種したリンゴ樹における
炭疽病菌の越冬状況1)

1)供試した分離組織100個中の分離数

 

 
分離部位 王林 ふじ
頂芽 29 14
新梢樹皮 3 7
新梢皮目 9 10
新梢腋芽 11 22
2-3年枝樹皮 0 3
2-3年枝皮目 4 7
剪定痕 5 9
果台 8 35
粗皮 2 3
果梗残渣 - 7

第2表 
ニセアカシア樹に隣接し慣行防除を行なったリンゴ樹における炭疽病菌の越冬状況1)

1)供試した分離組織100個中の分離数

 

 
▲リンゴ園に臨接するニセアカシア

▲炭疽病 初期病斑(左)と大型病斑(右)

 

2.防除上の問題点

 炭疽病の防除上の問題点として、イミノクタジン酢酸塩液剤の単剤使用を指摘することが多かったが、最近はこのような使用例は少なくなった。しかし、生育期に使用される他の剤はほとんどが炭疽病に有効であるが、多発条件下では十分な効果が得られず、発生が目立つことが多い。

 炭疽病の防除期は、6月以降9月にかけてであるが、特に梅雨期と秋雨期が重要である。したがって、落花期以降はほぼ全期間を通じて効果の高い薬剤を選択する必要がある。そのため、現在使用されている剤の中で、効果の高い剤を選抜した。

第1図 慣行防除園における炭疽病菌の越冬量調査

 

第2図 リンゴ樹(果台)における炭疽病菌の分生胞子形成消長

 

3.薬剤の選抜

 炭疽病に有効な剤の中で、比較的効果の高い剤として、TPN、アゾキシストロビン、キャプタン、ジチアノン、フルオルイミドおよび有機銅剤が選抜され、さらに低濃度試験によりキャプタン、フルオルイミド、ジチアノンおよび有機銅剤が選抜された。

 これらの剤は、斑点落葉病やその他の主要病害にも有効であるので、サビ果の発生や薬液による果実汚染、農薬の安全使用基準などを考慮し、防除体系の組立が可能である。その際、キャプタン剤は斑点落葉病に効果が低いこと、フルオルイミド剤はサビ果の発生を助長するので落花後1ヵ月間は使用できないこと、ジチアノン剤はかぶれに注意すること、有機銅剤はフルオルイミド剤と同様にサビ果や収穫期の使用で果面の汚染が残ることなどに注意を要する。

4.防除期終盤の防除剤

 秋田県北部における最終防除は、9月上旬頃に行なわれる。この時期に使用される剤は、安全使用基準などから、イミノクタジン酢酸塩剤やキャプタン剤、キャプタン・ホセチル剤が中心である。しかし、前述のとおりいずれの剤を選択しても、炭疽病または斑点落葉病の防除が不安定となる。

 そこで、コスト面を考慮し両病害を同時防除するため、イミノクタジン酢酸塩剤に対する低濃度キャプタン剤加用の効果を検討した。その結果、キャプタン剤の1,200倍および1,600倍加用は、イミノクタジン酢酸塩剤単用に比べ高い防除効果を示した。同様に、ジチアノン、フルオルイミドおよび有機銅剤についても良好な結果を得た。

分離部位 王林(慣行防除) ふじ(慣行防除) 王林(連年無防除)
頂芽 0 0 5
新梢樹皮 0 0 0
新梢皮目 0 0 2
新梢腋芽 3 1 8
2-3年枝樹皮 0 0 0
2-3年枝皮目 0 0 0
剪定痕 0 0 1
果台 1 0 3
粗皮 0 0 0
果梗残渣 - 0 -

第3表 
慣行防除を行なったリンゴ樹および連年無防除にしたリンゴ樹における炭疽病菌の越冬状況1)

1):供試した分離組織100個中の分離数

 

第3図 
イミノクタジン酢酸塩液剤への有効薬剤の各種低濃度加用が炭疽病の発病抑制に及ぼす影響

(注)倍率は慣行からの希釈濃度を示す
   図中の薬剤はイミノクタジン酢酸塩液剤1,500倍に加用して散布した

 

試験区 慣行区
散布月日 供試薬剤 散布月日 供試薬剤
4月21日 イミノクタジン酢酸塩液剤1,000倍 4月21日 イミノクタジン酢酸塩液剤1,000倍
4月30日 TPN水和剤1,500倍、
チオファネートメチル水和剤1,000倍
4月30日 TPN水和剤1,500倍、
チオファネートメチル水和剤1,000倍
5月9日 ジラム・チウラム水和剤600倍、
フェナリモル水和剤3,000倍
5月9日 ジラム・チウラム水和剤600倍、
フェナリモル水和剤3,000倍
5月23日 ジラム・チウラム水和剤600倍、
ビテルタノール水和剤3,000倍
5月23日 ジラム・チウラム水和剤600倍、
ビテルタノール水和剤3,000倍
6月4日 マンゼブ水和剤600倍 6月2日 マンゼブ水和剤600倍
6月16日 ジアチノン水和剤1,000倍 6月12日 プロピネブ水和剤500倍
7月1日 ジアチノン水和剤1,000倍 6月25日 プロピネブ水和剤500倍
7月15日 フルオルイミド水和剤1,000倍 7月10日 TPN水和剤1,000倍
7月29日 フルオルイミド水和剤1,000倍 7月24日 TPN水和剤1,000倍
8月11日 イミノクタジン酢酸塩液剤1,000倍、
キャプタン水和剤1,600倍
8月7日 イミノクタジン酢酸塩液剤1,500倍
8月21日 キャプタン・ホセチル水和剤800倍
8月27日 イミノクタジン酢酸塩液剤1,000倍 9月4日 キャプタン・ホセチル水和剤800倍
キャプタン水和剤1,600倍

第4表
現行の防除体系に対する有効な炭疽病および斑点落葉病の防除体系の検討

(注)試験区:炭疽病および斑点落葉病に有効な薬剤を組み合わせた防除体系
   慣行区:現行の防除体系
   2剤を併記したものは、それぞれ混用したことを示す

 

調査区 炭疽病 斑点落葉病
発病果率 発病葉率 発病果率
試験区 0% 8.50% 5.20%
慣行区 1.0 20.7 20.9
t-検定  

第5表
試験区および慣行区の炭疽病と斑点落葉病の発生率

(注)*:STUDENTのt-検定で有意差ある(5%)

 

5.防除体系の確立

 1997年に、王林、ふじ9年生を供試し各区5a規模で防除体系の組立試験を行なった。その結果、改善区の炭疽病に対する防除効果は慣行区に比べ同等ないしやや優った。なお、慣行区の調査対象以外の樹では炭疽病が散見されたのに対し、改善区では全く発病が見られなかった。また、改善区の斑点落葉病に対する防除効果は、慣行区に比べ優り、特に果実での効果が高かった。改善区は薬害も認められず、サビ果の発生も慣行区と同等で問題にならなかった。

 さらに、1998年および1999年には、場内圃場約5haを対象にスピードスプレーヤによる実用化試験を行なった。植栽品種は、さんさ、つがる、千秋、スターキング・デリシャス、ジョナゴールド、王林、北斗およびふじなどであったが、炭疽病、斑点落葉病を含む主要な夏期病害の発生はほとんど問題にならなかった。薬害その他の問題は認められなかった。

 以上のことから、秋田県北部におけるリンゴ病害の発生状況に対応した防除体系として、落花期以降は、ジチアノン水和剤2~3回、フルオルイミド水和剤または有機銅水和剤2~3回、低濃度キャプタン水和剤加用イミノクタジン酢酸塩液剤2~3回の10~15日間隔の防除体系が有効と考えられた。本体系は、他の産地にも適用可能と考える。

(秋田県果樹試験場鹿角分場)