微生物農薬バータレックの上手な使い方

増田 俊雄

- アリスタ ライフサイエンス農薬ガイドNo.97/E (2000.10.1) -

 


 


 

はじめに

 バータレック昆虫病原糸状菌バーチシリウム・レカニ(Verticillium lecanii)を主成分とする水和剤タイプの微生物農薬で、ヨーロッパではすでにアブラムシ類の防除に使用されているが、わが国では植物体に直接散布できる昆虫病原糸状菌製剤としては初の製剤である。この菌はアブラムシ類やコナジラミ類などいくつかの昆虫だけに感染し死亡させるカビの仲間で、ほ乳類はもちろん標的昆虫以外には感染しないきわめて安全性の高い糸状菌である。バータレックの登場でわが国でも本格的な微生物農薬の時代が到来したと言えるが、従来の化学合成農薬と異なり、使い方によってはその効果を十分に発揮させることができない場合もある。今回は菌の特徴や感染させるための条件などの説明も加えながら、本製剤の上手な使い方について述べる。

1.昆虫病原糸状菌 バーチシリウム・レカニの害虫類に対する病原性

 バーチシリウム・レカニは、菌の系統によって害虫類に対する病原力や菌自体の特徴(菌そうの色や胞子の大きさなど)が異なることが知られている。代表的なものとしてアブラムシ類に強い病原性を示す系統とコナジラミ類に強い病原性を示す系統があり、バータレックはアブラムシ類に強い病原性を示す系統の製剤である。コナジラミ類に強い病原性を示す系統もすでに製剤化されており(商品名:マイコタール)、これについても近い将来微生物農薬として使用できるようになるものと思われる。

菌株 ワタアブラムシ モモアカアブラムシ イチゴケナガアブラムシ オンシツコナジラミ シルバーリーフコナジラミ ミカンキイロアザミウマ カイコ
アブラムシ由来菌株 ×
コナジラミ由来菌株 ×

第1表 バーチシリウム・レカニの病原力
◎:病原性強い、○:病原性あり、△:病原性あるが弱い、
×:病原性無し、-:試験例なし

 

 バータレックやマイコタールに含まれる菌はもともとイギリスで分離されたものであるが、本菌はわが国にも広く分布していることが知られている。著者は宮城県園芸試験場の場内でワタアブラムシとオンシツコナジラミから2系統の菌を分離しており、病原力や菌の特徴から、ワタアブラムシから分離されたアブラムシ由来菌株はバータレックに含まれるバーチシリウム・レカニに近縁であり、オンシツコナジラミから分離されたコナジラミ由来菌株はマイコタールに近縁であった。この宮城県園芸試験場分離株2系統の各種害虫類に対する病原力の強弱を第1表に示した。アブラムシ由来株はワタアブラムシ、モモアカアブラムシおよびイチゴケナガアブラムシに強い病原性を示し、ミカンキイロアザミウマに対しても病原性が認められた。しかし、オンシツコナジラミに対する病原力は弱かった。一方、コナジラミ由来菌株はオンシツコナジラミとシルバーリーフコナジラミに強い病原性を示したが、アブラムシ類やミカンキイロアザミウマに対しては病原力が弱い傾向を示した。両者ともに有用昆虫であるカイコに対してほとんど病原性を示さなかった。

 バータレックの持つ病原力は、宮城県園芸試験場分離株のアブラムシ由来菌株とほぼ同様であると考えられ、対象害虫はほぼアブラムシ類に限定されるが、アザミウマ類などが同時発生している場合には副次的に効果が現れることもあるだろう。

第1図 各温度条件におけるモモアカアブラムシの死亡率推移
アブラムシ由来菌株(107分生子/ml)をモモアカアブラムシに接種し、各温度条件で飼育した。

 

2.感染に好適な温度・湿度条件と体内への侵入時間

 バーチシリウム・レカニをいろいろな温度条件で培養すると5゚C~30゚Cの間で菌糸の伸長が認められるが、盛んに成育するのは20゚C~25゚Cの範囲である。アブラムシ類への感染にも温度条件がきわめて重要な役割を果たすことから、モモアカアブラムシを用いて、いろいろな温度条件下での本菌による死亡率の推移を調査した。結果は第1図に示した。

 本菌は10゚C以上の温度条件でモモアカアブラムシに対してほぼ100%の高い死亡率を示すが、温度が低くなるほど死亡するまでに日数がかかり、たとえば25゚Cでは死亡率が100%に到達するのは3日後であるのに対し、16゚Cでは6日後、7゚Cでは10日あまりと延長された。このように低温の時には効果がきわめて遅効的になることから、その間の作物への加害も考えると、バータレックは少なくとも最低気温が15゚C以上の時に使用するのがよいと思われる。また、感染には湿度条件も重要であり、アブラムシ類への感染は湿度75%以上で起こるが、最適湿度は95%以上である。75%以下の湿度では感染率は急激に低下することがわかっている。

第2図 モモアカアブラムシへの侵入時間

▲バーチシリウム・レカニによる
アブラムシの死亡虫
▲バータレックを散布後
発病したワタアブラムシ

 バーチシリウム・レカニがアブラムシに感染し死亡させるプロセスを簡単に説明すると、まず胞子(分生子)がアブラムシの体に付着する(自然発生の場合は雨滴などにより運ばれた胞子がアブラムシにたまたま付着することであり、バータレックを用いる場合は散布によって、人為的に付着させることになる)。付着した胞子が発芽し、アブラムシの体表面の皮膚を貫通して体内に入り込む。入り込んだ菌は胞子よりやや大きな短菌糸と呼ばれるものになって体内を巡り、アブラムシの体内から養分を収奪して増殖する。アブラムシは徐々に生存に関わる器官が侵され、やがて死亡する。このプロセスの中で本菌によるアブラムシ防除を成功させるために最も重要であると考えられるところは、感染を成立させる段階、すなわち胞子の付着から体内への侵入の部分である。アブラムシ体内への侵入に要する時間は、高い防除効果を得るために必要な感染好適条件の維持時間とも考えられる。そこで、20゚C、湿度100%の比較的感染に好適な条件下で、モモアカアブラムシに本菌接種後、各時間毎に体表面を消毒して各時間毎の感染率を調査した。結果は第2図に示したが、本菌のアブラムシ類への侵入時間は胞子の付着から約12時間後頃から始まり、20時間後にほぼ完了することがわかった。実際にバータレックをアブラムシ防除に利用する場合には、使用する圃場の温・湿度の変化などで多少のズレが生じると思われるが、得られた結果は感染好適条件の維持時間の目安として利用できるだろう。

3.バータレックのアブラムシ類に対する防除効果

1)試験方法など

 宮城県名取市の宮城県園芸試験場内で、キュウリのワタアブラムシを対象に試験を実施した。キュウリ品種はシャープ1、台木はひかりパワーを用い、パイプハウスに1994年5月31日に定植した。定植後から試験終了時まで、パイプハウスは昼夜を問わず常に側面を開放状態にしておいた。バータレックは散布4時間前にあらかじめ少量の水に懸濁しておき、散布直前に1,000倍に希釈した。バータレックの散布は7月6日と13日の2回、湿度が高まってくる午後5時ごろに実施した。対照薬剤にはエチオフェンカルブ乳剤1,000倍液を用い、こちらは7月6日のみの1回散布とした。試験は1区7株の3反復で行ない、散布薬量は10a当り約400lとした。

 調査は1区5株の上・中・下位の3葉をマークし(1区当り15葉)、散布前(1994年7月6日)、7日後(7月13日、2回目散布直前)、14日後(7月20日)、21日後(7月27日)に寄生虫数と死亡虫数を計数して行なった。

2)試験の結果

 結果は第3図に示した。無散布区でワタアブラムシ密度が急増傾向にある中で、バータレックの1,000倍液散布は1日目散布7日後から効果が現れ始め、14日後および21日後にはワタアブラムシを低密度に抑えた。対照薬剤のエチオフェンカルブ乳剤1,000倍液は即効性があり散布7日後の防除効果は高いがその後密度が急増した。バータレックはエチオフェンカルブ乳剤に比較して即効性は劣るものの14日後以降は密度抑制効果が高かった。なお、無散布区ではアブラムシの天敵ヒラタアブ類やショクガタマバエの発生により散布14日後以降密度が減少した。バータレックは天敵に対する悪影響は認められなかった。散布直後から翌日のハウス内の温・湿度条件は第4図に示した。1回目散布の7月6日から翌日の7日は曇天で温度はほぼ20゚C、高湿度条件であり、バータレックの感染にきわめて好適であった。2回目の7月13日は晴天であったが午後5時以降は湿度が高まり、温度もほぼ20゚Cであった。翌日の14日は晴天で昼間は温度が30゚C以上、湿度は50%程度まで低下し一時的に感染に不適となったが、午後5時以降は再び好適条件となった。

第3図 キュウリのワタアブラムシに対するバータレックの効果
バータレックは1994年7月6日と13日の2回散布した。
エチオフェンカルブ乳剤は、1994年7月6日の1回散布。

第4図 散布当日および翌日の温・湿度の推移(1994)

 

4.上手な使い方

 以上の結果から、バータレックの上手な使い方をまとめた。

  1. 死亡するまでにやや時間がかかるので、アブラムシの発生初期から散布する。
  2. 菌の浸入に時間がかかるので、散布前に少量の水で懸濁しておき、菌の発芽を促しておくと効果が早く出やすいし、感染好適維持時間を短縮できる。
  3. 感染には温度と湿度が重要であり感染好適条件をできるだけ長時間維持するためにハウスの開閉を行なったり乾燥が著しいときには通路かん水などで対応する。通常、ハウス内は夕方から翌朝までは高湿度条件になるので、晴天の時には散布は夕方に行なう。雨天や曇天の場合、極端な低温や高温時以外は散布時刻はこだわらなくてよい。
  4. バータレックの主成分は昆虫病原糸状菌なので殺菌剤の影響を受けやすいため、混用は避ける。ただし、感染が完了してしまえばほとんど影響を受けなくなるので、好適条件の維持時間を考え合わせバータレック散布後24時間以降は殺菌剤を使用できる。
  5. 感染して死亡したアブラムシは乾燥条件ではミイラ化するが、湿度が高い場合には体表面から白いかびが生えてくる。実際の使用場面でも、白いカビが生えたアブラムシを確認できることが多いと思われる。作物の病害ではないので注意する。これは植物体には悪影響を及ぼさないばかりか感染していない他のアブラムシへ病気を引き起こす伝染源となり、残効性を保つためにきわめて重要である。
  6. 感染好適条件下で散布すれば1回の散布で効果が現れる場合もあるが、高い効果を安定して引き出すには、5~10日間隔で2~3回連続散布するのが望ましい。

(宮城県園芸試験場)