オアブラムシとその寄生バチ(3)
コレマンアブラバチとエルビアブラバチ

高田 肇

- アリスタ ライフサイエンス農薬ガイドNo.98/B (2001.2.28) -

 


 


 

 コレマンアブラバチAphidius colemani(商品名「アフィパール」、コパート社製)が、ワタアブラムシとモモアカアブラムシの防除素材として、(株)アリスタ ライフサイエンスによって導入され農薬として市販されている。また、チューリップヒゲナガアブラムシ(以後、チューリップヒゲと略記)防除用に、エルビアブラバチAphidius ervi(商品名「エルビパール」、同社製)の導入が検討されている。前者は外国種、後者は日本にも分布するが製剤化されているのはオランダ個体群である。両種の特性を、コレマンアブラバチについては在来の近縁種、マグダアブラバチ(新称)Aphidius magdaeと、エルビアブラバチについては在来個体群と対比しつつ概観したい。

1.コレマンアブラバチ

 Stary(1975)は、インド、中央アジア、アフリカ、南米から記載されたAphidius属の7種アブラバチを分類学的に検討し、これらはすべて同一種で、最も古くインドから記載されたコレマンアブラバチを有効名とした(本種は1912年、Viereckによってタバコのアブラムシからの標本に基づいて記載された。種名のcolemaniはその標本を採集した L. C. Coleman氏を記念してつけられた。)。その中には、分布域がユーラシア、南アメリカ、オーストラリアの3大陸にわたり寄主範囲のきわめて広いAphidius platensisと、中央アジアから地中海沿岸地域に分布し主としてモモコフキアブラムシ(以後、モモコフキ)に寄生するAphidius transcaspicusも含まれていた。Rabasseら(1985~1995)はコレマンアブラバチの南フランスとブラジル個体群について比較検討し、両個体群は多くの形質において異なり、生殖的に隔離されていることから、Stary(1975)によってコレマンアブラバチとされた分類群にはいくつかの同胞種が含まれていると考えた。MescheloffとRosen(1990)は、A. transcaspicusは彼らのコレマンアブラバチの概念とは異なる、と述べている。

 マグダアブラバチはイスラエルからMescheloffとRosen(1990)によって記載された種で、寄主としてA. transcaspicusと同様、モモコフキとその近縁数種アブラムシが挙げられている。マグダアブラバチは日本にも分布し、主要な寄主はやはりモモコフキである(Takada,1998)。MescheloffとRosen(1990)は、マグダアブラバチはA. transcaspicusと類似するが触角の色彩によって区別できる、と述べている。しかし、日本のものでは触角の色彩は変異に富むことから、著者は、マグダアブラバチはA. transcaspicusと同一種であろう、と考えている。また、マグダアブラバチの日本個体群とRabasseら(1985~1995)が調べたコレマンアブラバチの南フランス個体群は、主要な形態的特徴が一致する。これらの点から、著者は、コレマンアブラバチはインドから世界の熱帯・亜熱帯地域に広く分布する広食性の種であり、A. transcaspicus=?マグダアブラバチは日本から地中海沿岸地域に分布しモモコフキと密接な関係をもつ別種であろう、と考えている(第1図)。

第1図 コレマンアブラバチ(●)とAphidius transcaspicusマグダアブラバチ(○)の分布
Takada(1998)により文献記録に基づき描く

 コレマンアブラバチとマグダアブラバチは形態的に類似するが、前翅(写真1)径脈の派生部分、湾曲状況、第1脈節(R1)の相対長などによって識別できる(Takada,1998)。導入されたコレマンアブラバチが在来のマグダアブラバチと交配し、遺伝子移入が起こるかを検討するため、コレマンアブラバチについては現在わが国で利用されているイスラエルとイギリス温室個体群、マグダアブラバチについては宇都宮と京都個体群を用いて交配実験を行なった。その結果、異種間では正逆いずれの個体群の組み合わせにおいても次世代では雄のみが産出され、コレマンアブラバチとマグダアブラバチは生殖的に完全に隔離されていることが分かった(高田未発表データ)。

写真1 コレマンアブラバチ(左)とマグダアブラバチ(右)の前翅
R1:径脈第1脈節、R2:径脈第2脈節

 コレマンアブラバチは施設から逃れた場合、野外で定着できるか。本種の寄主として、これまでに記録されている66種のアブラムシのうち、28種がわが国にも分布する(Takada,1998に追加)。発育零点は2.8℃で(アルゼンチン個体群、Eliot et al.,1995)、他のアブラバチで得られた値(1.1~7.9℃)と比べて低い。しかし、21℃長日条件で飼育し、マミー化後0℃、全暗条件に一定期間放置した場合、その後の生存率は、1週間処理では38%、2週間では5%、3週間では2%、4週間では0%(ノルウェー温室個体群)で、中・北部ヨーロッパ原産のEphedrus cerasicolaの8週間処理で46%と比べて明かに低い(Hofsvang and Hagvar,1977)。本種は休眠性をもたず、京都における野外飼育実験によると、厳冬の1995-'96年には11月中旬にはじまった世代で、マミーは形成されたが、成虫は1匹も羽化しなかった。しかし、暖冬の1996~1997年には同時期にはじまった世代で、マミー形成個体の56%が1月中旬から2月上旬に羽化した(イスラエル個体群、高田未発表データ)。27℃以上の高温に対する耐性は特に高くない(ブラジル個体群、Guenaoul,1991)。これらの断片的なデータから、コレマンアブラバチは東日本から西日本の広い地域で定着できるが、厳冬年には大きな打撃を受けるだろうと予測される。各地の野外における今後の発生動向が注目される。

2.エルビアブラバチ

 エルビアブラバチはユーラシア原産で、マメ科植物を寄主とするエンドウヒゲナガアブラムシ(以後、エンドウヒゲ)と密接な関係をもっている。種名のerviはカラスノエンドウ属の牧草“ervi”(Vicia ervilla)に由来する。近年、エンドウヒゲや同属のコンドウヒゲナガアブラムシがアメリカ合衆国やオーストラリアに侵入し、アルファルファなどマメ科牧草に大きな被害をもたらしたため、エルビアブラバチが両国へ導入された。本種はわが国では、北海道、東北、北関東、信州に分布するが、それ以外の地域では発生が確認されていない。

 ヨーロッパではエルビアブラバチの寄主として、チューリップヒゲ、ジャガイモヒゲナガアブラムシ(以後、ジャガヒゲ)を含む24種のアブラムシが知られている(Stary,1974)。しかし、日本、台湾、インド、イスラエルからはエンドウヒゲのほかには1種または2種しか記録されていない(Takada and Tada,2000)。チューリップヒゲはイスラエルからは本種の寄主として記録されているが、日本、台湾、インドからは記録がない。ジャガヒゲについてはこれら4国から寄主としての記録はない。

写真2 エルビアブラバチの腹部第1節(腹柄節)背面:オランダ個体群(EVP)と札幌個体群(SPR)

第2図 エルビアブラバチのオランダ個体群(EVP)と札幌個体群(SPR)の交配実験結果
括弧内の数字は1♀×1♂の組数、横棒の黒い部分と白い部分は、それぞれ、交配した(=受精により♀が生まれた)組と交配しなかった(=単為生殖により♂のみが生まれた)組の割合を示す。EとSは、それぞれ、EVPとSPRの仮定されるゲノムを示す(Takada and Tada,2000)

 導入が検討されているヨーロッパ産エルビアブラバチは、(1)日本産のものと識別できるか、(2)わが国でいわゆる“遺伝子汚染”を起こさないか、(3)チューリップヒゲやジャガヒゲに対する適性は日本産のものより高いかを、製剤化されているオランダ個体群(EVP)と札幌個体群(SPR)を供試して比較検討した。結果:(1)EVPとSPRは腹部第1節(腹柄節、写真2)の色彩(それぞれ、黒色と黄色)、電気泳動法で検出されるエステラーゼパターンによって識別できる。(2)EVPとSPRは部分的に生殖隔離されている(第2図)。SPR雌とEVP雄の組み合わせでは交配できるが、その逆のEVP雌とSPR雄では交配できない。(3)寄生率、発育期間、前翅幅に基づいて適性度を評価すると、チューリップヒゲとジャガヒゲに対する適性はEVPの方がSPRより高いが、両個体群ともにエンドウヒゲよりは低い。EVPとSPRの寄生率は、それぞれ、チューリップヒゲで30%と13%、ジャガヒゲで42%と10%、エンドウヒゲで93%と68%であった(Takada and Tada,2000)。

 SPR雌とEVP雄を大きな容器で飼育したときには、次世代で雄のみが産出された。このことから、EVPが野外に逃れた場合、在来個体群と遺伝的に交じり合う可能性は低いと考えられる(Takada and Tada,2000)。EVPのわが国における分布可能域や在来個体群との競争の行く末については、今のところ予測できない。エルビアブラバチは、やはり、チューリップヒゲやジャガヒゲではなく、エンドウヒゲの寄生バチなのであろう。

 供試した外国産アブラバチは(株)アリスタ ライフサイエンスおよび(株)トモノアグリカから提供された。記して深く感謝する次第である。なお、“引用文献”は省略する。

(京都府立大学農学部)