温州ミカンの総合防除と
主要害虫に対する化学農薬の利用

土屋 雅利

- 農薬ガイドNo.99/B (2001.7.31) -

 


 


 

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1.はじめに

 近年、オゾンホールの拡大など、地球全体の環境に大きな影響を与える変化が報じられているなか、環境保全の必要性が高まり、土着天敵の活用等、過剰な農薬による環境への負荷を減らすための研究が全国的に進められている。しかし、農業生産の現場では、依然として化学農薬依存の実態がある。本稿では、温州ミカンの総合防除の現状と主要害虫における化学農薬の利用について解説し、参考に供したい。

2.温州ミカンの総合防除の現状

 農林水産省による全国の平成12年度温州ミカンの結果樹面積は 58,500ha、この内、ハウスミカンは 1,270haで全体の2%、露地栽培は 57,230haで約98%を占めている。このため、露地栽培温州ミカンの防除暦が基本となって総合防除が進められている。
 静岡県の温州ミカンの防除暦に掲載されている対象病害虫(第1表)のうち、掲載延べ数から見て、上位3位は、ミカンハダニ、チャノキイロアザミウマ、および黒点病で、これらが全体の約62%を占めている。越冬害虫(ミカンハダニ、カイガラムシ類、コナジラミ類)の防除から始まり、収穫前の12時期に、延べ21の散布対象病害虫がある。同一の散布時期に複数の病害虫に対する農薬を混用散布することを前提に、防除暦が作られ、計画的な防除が行なわれる。
 防除暦では病害虫の発生に年次変動や地域変動があるため、防除時期が旬で示されている。発生変動が大きく防除時期の判断を迫られるのは、病気より害虫である。各散布時期には、優先的に防除する害虫種の発生を判断して、複数の病害虫に対する薬剤を混用して一度に散布する実態がある。たとえば、夏季から秋季にかけての防除では、チャノキイロアザミウマかミカンハダニのどちらかの発生に散布時期を合わせた防除が行なわれることになる。これら2種の害虫が、いつも同時に要防除水準に達する発生になるなら、好都合なのだが、実際には、どちらか一方が先に要防除水準に達するため、もう一方の害虫は、要防除水準に達しない状態、つまり、防除のまだ不要な状態で防除をすることになる。
 理想的には害虫ごとに化学農薬を散布すれば良いのだが、散布にかかる労賃が高く、散布回数を増やすより農薬を1回使う経費の方が安いと判断されるため、混用散布が行なわれる実態がある。

防除時期 ミカンハダニ チャノキイロアザミウマ 黒点病 かいよう病 そうか病 灰色かび病 カイガラムシ類 コナジラミ類 "果実腐敗(青かび病、緑かび病等)" 合計
12月下旬~1月中旬又は3月             3
3月中旬(発芽前)                 1
4月上~下旬               2
5月上~中旬                 1
5月下旬(花弁落下初期)               2
6月上~中旬             3
7月上~中旬               2
7月下旬               2
8月中~下旬               2
9月上~中旬                 1
10月中旬以降                 1
収穫前7日~30日                 1
合計 6 4 3 2 2 1 1 1 1 21
延べ数に占める割合(%) 28.6 19 14.3 9.5 9.5 4.8 4.8 4.8 4.8 100

第1表 静岡県の温州ミカンの防除暦に記載されている対象病害虫

 

3.主要害虫の特性と化学農薬による防除

 温州ミカンの害虫の中から、露地栽培ではミカンハダニとチャノキイロアザミウマ、施設栽培ではミカンキイロアザミウマを取り上げ、これらの特性と防除について解説したい。

(1)ミカンハダニ

 ミカンハダニは、カンキツのほか、ナシ、モモ、ビワ、カキ、モクセイ、マメツゲ、サンゴジュなど多数の植物に寄生する。温州ミカンには葉、枝、果実に周年寄生する。毎年、恒常的に発生し、年間の発生世代は十数世代で、常緑の寄主植物で越冬し、冬季にあっても気温が9℃を越えると活動する。カンキツでの発生消長のパターンは、春季~夏季と秋季に発生の山を形成する。25℃前後がもっとも増殖が盛んで、この時期の世代期間は約2週間、産卵数は30~40卵である。気温が20℃であれば10日間で3倍に、25℃では4.6倍と増殖が早い。しかし、28℃を越えると増殖は抑制される。
 12~3月には低い密度で越冬する。卵での越冬が多い。4月に新芽の発芽期から増殖を開始する。5~6月に春葉の緑化が進むと、旧葉で生活していたダニが新葉に移り、温度も高まるので発生量が急速に増える。7月中旬~下旬に夏季発生のピークになることが多い。その後、8月上旬~9月上旬に一時発生が少なくなる。6~8月のダニは主に葉を加害する。9月中旬から秋季発生のダニが増加し始め、10月下旬~11月中旬に秋季発生のピークとなる。夏季より秋季の方が寄生密度が高くなるのが一般的である。9~11月のダニは、葉と果実を加害する。口針で刺して、葉や果実の表皮下の細胞液を吸収するため 、吸収された細胞には空洞ができ、白っぽく見えるようになる。果実が加害されると特有のオレンジ色ではなく、黄白色に商品性が低下する。
 ミカンハダニの防除は、ほぼ周年行なわれている。冬季(12月~3月)の防除では、厳寒期を除く12月から1月中旬または3月にマシン油乳剤(97%)の60倍液を散布する。春季(4月)の防除では、マシン油乳剤(97%)の100倍液を散布する。春季までの防除によって、ミカン園内のミカンハダニを一掃する意識が必要である。
 夏季(6月~8月)の防除では、6月上~中旬に黒点病の防除剤と混用して、マシン油乳剤(97%)の150倍液を散布する。夏季は天敵の活動が盛んな時期であるので、本来なら8月下旬にかけて自然にミカンハダニの密度は低下する。しかし、チャノキイロアザミウマに対する合成ピレスロイド剤などを散布した園では、天敵の活動が妨害されてミカンハダニの密度が上昇し続ける場合がある。この場合には、7月下旬にケルセン乳剤1,500倍、テトラジホン・ピリダフェンチオン乳剤600倍などを散布して密度を下げる。
 秋季(9~10月)の防除では、9月上旬にエトキサゾールフロアブル3,000倍などで防除する。また、収穫を控えて10月中旬以降にミカンハダニの密度が高い場合には、アセキノシルフロアブル1,500倍、ミルべメクチン水和剤2,000倍、フェノチオカルブ乳剤1,000倍、BPPS水和剤750倍などで防除する。BPPS水和剤は、薬害を避けるため気温が低下した時期に散布するよう留意する。

▲ミカンハダニ雌成虫(左)とミカンハダニによる葉の被害(右)

(2)チャノキイロアザミウマ

 寄主作物は、チャ、ブドウ、イヌマキ、アジサイなど42科100種が知られている。飛来生害虫であるため、防除適期の把握をせずに防除を行なうと被害が防ぎきれない場合がある。カイガラムシ類のように定着性の害虫であれば、気象庁の長期予報から、防除適期である幼虫期が早まるか遅れるか予測できるが、チャノキイロアザミウマはミカン園の周辺の植物から突然移動してきて園内の寄生密度が急変するため、防除時期の判断が難しい。
 チャ栽培地帯では、チャノキイロアザミウマはチャ芽の刈り取りや防除によって生活環境を乱されると、チャを離れて分散する。防除の徹底をはかるため、産地ではミカン園に黄色粘着トラップを設置して、600㎝2の粘着面に35頭を越える成虫が捕獲される場合に化学農薬による防除をするよう栽培者に情報を出してきた。本種の防除には発生情報が必要なのである。静岡県病害虫防除所では、気象庁の予報通りに気温が変化した場合の成虫発生期を予想して情報提供している。
 成虫発生期には、ミカン園に飛来する可能性があるので、この情報を参考にして果実上の寄生を確認し、もし要防除水準に達するなら防除を行なう。チャノキイロアザミウマの要防除水準は、6~8月は寄生果率10%、9月以降は15%である。
 温州ミカンでは、チャノキイロアザミウマが寄生できる部位が限られているが、樹上に寄生できる期間は長い。果実にはいつでも寄生するが、新芽には硬化前しか寄生しない。したがって、収穫後は翌春に新芽が発芽するまでの間、温州ミカンの樹上には寄生しない。
 チャ園ではチャノキイロアザミウマは成虫で越冬し、越冬成虫が活動を開始するのは、気温が発育零点の9.7℃を越える3月中旬からである。この時期にチャ園では包葉の基部を加害して生存できるが、温州ミカン園では越冬成虫が寄生できる部位がない。
 温州ミカンに最初に寄生するのは第1世代成虫で、開花前に飛来して新芽に寄生し始め、開花期を通して専ら新芽に寄生して産卵する。落弁後は、すぐに雌しべには移動せず、新芽に寄生し続ける。しかし、6月に新芽が硬化すると寄生に適さなくなり、新芽上の虫は次々と幼果に移動する。この時期には、がくの下に隠れた果面が加害され、がくと相似形の被害が果梗部にできる。7月になるとがくと果実面との隙間が減少し、むしろ、雌しべの柱頭が脱落した付近(果頂部)を加害するようになる。7月上旬には果頂部に暗褐色~黒褐色の被害が認められる。この被害の色は、果実肥大に伴って細かくひび割れ、収穫期には象牙色に変わる。しかし、9月以降の被害は、果実肥大が緩慢になるためにひび割れず、黒褐色のまま収穫期を迎える。チャノキイロアザミウマは寄生すると3日間の加害で傷を作る。寄生が少なければ被害は目立たないが、要防除水準を超える寄生を認めたら、防除が必要である。果実の被害を防止するための要防除期間は、新芽が硬化する6月から収穫期までである。
 防除に使用する薬剤は、オルトラン水和剤1,500倍、イミダクロプリドフロアブル4,000 倍、ジアフェンチウロン水和剤1,500倍、クロルフェナピルフロアブル4,000倍等である。
 オルトラン水和剤は、7月中旬~下旬または9月上旬に使用された場合、ミカントゲコナジラミも併殺する効果がある。また、ヤノネカイガラムシ第1世代およびミカントゲコナジラミとの併殺効果をねらう場合には、1,000倍で6月の1齢幼虫寄生期に、ルビーロウムシ、ツノロウムシとの併殺効果をねらう場合には、1,000倍で7月中旬~8月上旬に使用するとよい。
 イミダクロプリドフロアブルは、夏季から秋季に発生する夏秋梢に寄生するアブラムシ類およびミカンハモグリガを併殺する効果がある。ジアフェンチウロン水和剤は、夏秋梢に寄生するアブラムシ類を併殺する効果がある。クロルフェナピルフロアブルは、夏季に発生するサビダニ類を併殺する効果がある。
 チャノキイロアザミウマは、成虫を果実に接種して調査した結果、3日程度の寄生で傷を作ることがわかっている。したがって、化学農薬の散布にあたり、複数の園地を所有する栽培者では、発生の多い順に防除するなど、効率的な防除を工夫する必要がある。

▲チャノキイロアザミウマ成虫

▲チャノキイロアザミウマの被害
(左から;果梗部、果頂部の前期被害、果頂部の後期被害)

(3)ミカンキイロアザミウマ

 ミカンキイロアザミウマは、1992年からハウスミカンを加害し始めた害虫である。寄主植物は200種以上が知られ、温州ミカンのほか、モモ、リンゴ、ネクタリン、ブドウ、カキなどの果樹、キク、ガーベラ、バラ等の花き、レタス、ナス、トマト等の野菜、およびキク科、マメ科等の雑草等に寄生する。
 ハウスミカンの被害は、着色した果実表面を加害し、表皮細胞を吸汁加害して空洞を作り、白っぽい絣状の被害となる。出荷された果実が傷から腐敗することもある。露地栽培では遅れ花に由来する果実のみ、梅雨時にヘタおよびヘタ付近の果実部分に腐敗が発生するが実害はない。
 ハウスミカンでは、着色を進めさせるために施設の側面を早期加温型施設では5月中旬から開くため、施設内に侵入して果実に加害する。着色前の果実にはほとんど寄生しないが、果実が着色前で油胞が黄色くなった時期から寄生が始まり、着色とともに寄生数が増加し、果実で産卵増殖する。果実の表皮のうち、着色程度の進んだ果皮部分を選好して産卵する。ハウスミカンの採取が進むにつれて、樹上に残された果実へ寄生が集中していき、収穫期間を通して寄生が続く。収穫が終わると樹上に寄生できる部位がなくなる。施設内では開花時期(1月)にも花に寄生する場合があり、露地と同様に遅れ花に集中して寄生するが、ハウスミカンでは、温度を高めて遅れ花由来の果実を落下させてしまうので、被害(腐敗果)が樹上に見られることはまれである。一方、露地栽培の温州ミカンでは、5月から花に寄生し始める。ミカンの花は次々に咲いて散っていくので、花数の減少に伴って、遅れ花に寄生が集中していく。花では、花弁、雄ずい、子房、がくに産卵して増殖する。さらに、6月の梅雨期には、遅れ花由来の果実に腐敗が発生する。これは、炭そ病菌、フザリウム菌が加害部分に侵入して腐敗するものである。しかし、この果実は開花期が遅い花に由来する果実で、通常は、ほかの果実の肥大を促進するために生育途上でつみ取られる果実であるため経済的に実害はない。開花が終了した後は、露地温州ミカンの果実、がくにはいっさい寄生しない。温州ミカンの幼果では飼育ができない。果実が着色期を迎えると、この時期が気温が低下して虫の活動が活発でない時期に当たるため、収穫期にはほとんど被害が見られない。防除が必要なのはハウスミカンだけである。
 ミカンキイロアザミウマの発育零点は9.5℃、発育適温は25~30℃である。静岡県では年間(3月下旬~11月下旬)に12世代の発育が可能と試算されている。ハウスミカンでは、施設内の環境が発育適温にあるため増殖が早いので、特に注意が必要である。
 ハウスミカンにおける防除薬剤は、オルトラン水和剤1,000倍、アラニカルブ水和剤1,000倍、フェンプロパトリン・MEP乳剤1,000倍、アセタミプリド水溶剤2,000倍、クロルピリフホス水和剤1,000倍、ニテンピラム水溶剤1,000倍、DDVP乳剤1,000倍、クロルフェナピルフロアブル4,000倍である。施設の側窓が開口する5月中旬から防除を開始するが、早期加温型施設では収穫が始まる7月までの間に、適正使用基準の収穫前日数の長い薬剤から順に使用するとよい。具体的には、最初に収穫前日数が30日のオルトラン水和剤を使用し、次に収穫前日数が14日であるアラニカルブ水和剤、フェンプロパトリン・MEP乳剤、アセタミプリド水溶剤、クロルピリホス水和剤を使用し、さらに収穫前1週間まで使用できるDDVP乳剤、クロルフェナピルフロアブルを使用するとよい。ミカンキイロアザミウマは果実と果実が接した付近などの隙間に寄生すると、薬剤が付着しにくいので、ていねいに散布することが大切である。また、成虫が多数寄生した場合には、成虫だけ防除しても、果皮からふ化してくる幼虫に十分な効果がない場合がある。この場合には、5日間程度間隔をおいて2回散布する方法がある。

▲ミカンキイロアザミウマ雌成虫(左)
とミカンキイロアザミウマによるハウスミカンの被害(右)

(静岡県柑橘試験場)