アリスタ通信 トクチオンの開発秘話 -世界の常識を破ったそれまでの有機リン剤とは異なる殺虫剤-
 
 
トクチオンの開発秘話
-世界の常識を破ったそれまでの有機リン剤とは異なる殺虫剤-
 
アリスタ ライフサイエンス(株) 元顧問 医学博士
下松 明雄

有機リン殺虫剤は、第二次世界大戦中に発明され、戦後の復興に向け食糧増産に多大な貢献をしたことで知られています。初期の有機リン殺虫剤は優れた防除効果がありましたが、概して人畜毒性も高いのが欠点でした。その当時の日本の農村社会では、“人に効かないような薬は虫にも効かない” と言われており、少々毒性が高い薬剤でも防除効果を優先して上手に使用していました。
科学技術が進歩すると人畜には毒性が弱く、害虫には効果の高い有機リン殺虫剤がつぎつぎと開発されていきました。毒性が弱く、殺虫効力が高い有機リン殺虫剤は日本ではマラソン、スミチオンなどが知られています。毒性の弱い有機リン殺虫剤が市販されると毒性の高い殺虫剤は市場から消えていきました。戦後、世界の化学者が有機リン殺虫剤の研究開発に参加し、数多くの有機リン化合物が合成されました。

そのなかで得られた経験則は、殺虫力はメチル基(CH3)がエチル基(C2H5)より強く、人畜に対する毒性はメチル基よりエチル基が強い、プロピル(C3H7)、ブチル(C4H9)と長くなると人畜毒性は弱くなるが殺虫力も低下することでした。S-アルキル、S,S-ジアルキル燐酸エステルはメチル、エチルとも殺虫活性が弱く、化合物として安定性も悪く、殺虫剤としてあまり検討されていません。しかし、殺虫剤にならないが、S,S-ジプロピルで殺線虫効力があり、海外では土壌殺線虫剤として開発されていました。
 トクチオンの開発秘話 -世界の常識を破ったそれまでの有機リン剤とは異なる殺虫剤-

トクチオンが日本で発明された1970年には、数十の有機リン殺虫剤が世界の市場で販売されており、新しい有機リン殺虫剤はもう必要がない状況でした。しかもこれらの有機リン殺虫剤の長年の使用で種々の農作物に抵抗性の害虫が出現しており、市販のすべての有機リン殺虫剤に効かない交差抵抗性の害虫も出現していたのです。市場は有機リン剤ではなく有機リン剤抵抗性害虫に有効な新しい作用機構を持つ新規殺虫剤を強く要望していました。その状況下で、トクチオンの登場です。

トクチオンは非対称型のO-エチル、S-プロピル燐酸エステルです。しかし、従来の有機リン殺虫剤の法則と異なり、O-エチルはメチルより毒性が弱くなり、逆に殺虫活性は高くなります。S-プロピルはブチルで殺虫活性が弱くなり、メチル、エチル、イソプロピルは従来の殺虫剤と同じになり殺虫力は低下します。
トクチオンは有機リン剤ですが、従来の有機リン殺虫剤と異なる新しい“S-プロピル殺虫剤”の誕生です。
従来の有機リン殺虫剤の低毒性化は哺乳動物と昆虫の分解解毒力の差異を利用したものでした。つまり哺乳動物の肝臓などで速やかに分解されて無毒化になりますが、昆虫体内では解毒が速やかに行われず死亡します。これが哺乳動物と昆虫間の選択毒性の理由でした。

有機リン殺虫剤は動物の神経伝達物質のアセチルコリンを分解する酵素(アセチルコリンエステラーゼ)の作用を阻害します。従来の有機リン殺虫剤は哺乳動物も昆虫も酵素レベルでは阻害に大きな差はありません。トクチオンのO-エチル、S-プロピル燐酸エステルは、哺乳類のアセチルコリンエステラーゼの阻害は弱く、昆虫のアセチルコリンエステラーゼの阻害は強く作用する低毒性殺虫剤になります。

従来の有機リン剤の永年の使用で害虫のアセチルコリン分解酵素は正常型から変異型に変わり、すべての有機リン殺虫剤が効かない抵抗性を獲得した害虫が出現しました。トクチオンはこの変異型の酵素も同じ様に阻害して殺虫効果を発揮します。トクチオンは広範囲の種類の害虫に有効です。総合的に防除体系を組む時の有用な殺虫剤のひとつになります。有機リン剤でありながら、有機リン剤とは異なる殺虫剤です。薬剤の性質をよく理解して上手に害虫防除を進めましょう。


※2018年5月11日現在の情報です。製品に関する最新情報は「製品ページ」でご確認ください。