アリスタ通信 植物ストレスの正体は何か?
 
 
植物ストレスの正体は何か?
 
アリスタ ライフサイエンス(株) プロダクトマネージャー 須藤 修


植物にもストレスがある?
バイオスティミュラント資材を普及していく中で、「バイオスティミュラントと農薬の違いは何ですか?」という質問を頻繁に受けます。残念ながらバイオスティミュラントの定義が公式に定まっていない中で、これは結構な難問です。何故なら、それを物質の違いとして見るのか、作用機序の違いと見るのか、または管轄法律の違いで捉えるのか、様々な答えがあるからです。
とは言え、皆さんがクリアーに理解していただけるよう、私は次のように答えています。「生物的ストレスを解決するのが農薬です。そしてバイオスティミュラントは非生物的ストレスのダメージを予防し、改善するために用いられます」 と。「生物的」とは、文字通り生き物、つまり植物に悪影響を与える害虫、病気、雑草を指しています。これらのダメージを軽減する資材を農薬と呼んでいます。「非生物的」とは生き物でないもの、即ち環境由来のストレスを意味します。植物生長に相応しくない環境条件と言えば、さほど難しい概念ではないと思います。日照り、日照不足、高温、低温、乾燥、過湿、塩害、肥料不足、大気汚染、土壌硬度など、すべてが非生物的ストレスと考えられます。
日当たりが悪くてプランターの植物が育たない。それならそのプランターを陽の当たる庭に移動してあげれば良いでしょう。しかしこれは特例中の特例の話、植物は本来自らが移動手段を持たない生き物なのです。そのため植物は誕生以来様々な非生物的ストレスに対抗する手段を身につけてきました。冬季に落葉する植物、夏場の日照り時に葉を閉じる植物、秋になると紅葉する植物、これらは環境由来のストレスを克服するための進化の結果です。


人間のストレスを考える

我々現代人は日々ストレスに囲まれ、時には逃げ出したくなる場面もあります。
ヒトの場合は心的ストレスと肉体的ストレスがありますが、肉体的なストレスのひとつに「酸化ストレス」というものがあります。
私たちが摂取した栄養素は体の中で分解され、細胞の中にあるミトコンドリアの酸化反応によりエネルギーに変換されます。この過程で過剰に発生する「活性酸素」によってDNAやたんぱく質を傷つけ(酸化し)、老化や成人病、アルツハイマーや癌の原因になると言われています。活性酸素の酸化力は通常の酸素に比べ恐ろしく強いものなのです。

活性酸素の多くは酵素により分解されたり、抗酸化剤で消去されますが、ヒトは元来この能力を持ち合わせています。過度の運動や偏った食事、喫煙などが原因となり、「酸化ストレスの防御系」と呼ばれるシステムに変調を起こすと、活性酸素のダメージが顕在化してきます。ところが、活性酸素は常に悪者かと言うとそうでもありません。例えば、ウィルスなどが感染した場合、活性酸素は病原微生物を殺すために献身的に役立っているのです。


植物のストレスも活性酸素
さて話を植物に戻しましょう。植物の場合もストレスによるダメージはこの活性酸素によって引き起こされます。日照りであろうが、長雨であろうが、低温であろうが、様々なプロセスを経て、最終的には活性酸素が発生し、自らの細胞を破壊していくのです。「枯れる」という現象は活性酸素の発生による細胞の自滅と考えても良さそうです。ただし、植物の活性酸素の主な発生場所で重要なのはミトコンドリアではなく、光合成を司る葉緑体の中です。太陽光をエネルギー源として植物は生命活動を維持していますが、光合成の際に発生した過剰の活性酸素は通常ならこれらを消去する能力によって被害を免れています。過剰なエネルギーは熱エネルギーに変換され、気孔から蒸散という形で放熱をされて事なきを得ています。ところが非生物的ストレスの程度が強く、かつ活性酸素の消去能力が追いつかない場合、このバランスは崩れ、植物細胞にダメージが及びます。

活性酸素はROS (Reactive Oxygen Species) とも呼ばれ、非常に反応性の強い物質の総称で、スーパーオキシド、ヒドロキシルラジカル、過酸化水素、一重項酸素の4種類からなります。
除草剤であるパラコートを散布すると、植物体内に多量の活性酸素が蓄積し、枯死に至ります。これがパラコートの除草メカニズムですが、活性酸素が植物にとっていかに恐ろしいものかお分かりでしょう。



乾燥状態にさらされた植物の中では何が起こっているのか?

ここで植物が活性酸素によってダメージを受けるプロセスの一例をお示ししましょう。真夏のトマト栽培施を想定しましょう。できるだけ糖度の高いトマトを収穫するため、水を極力制限しています。気温は35℃の晴天、ハウスの中は40℃を越える勢いです。

このトマトは次のような生体反応を示すでしょう。

1、 太陽光線を受けて光合成(光化学反応)はフル回転し、根から吸収した水が水素イオン(プロトン)と電子に分解され、このエネルギーは二酸化炭素の同化(カルビン回路)に使用されます。
2、 ところが高温と極度の乾燥条件のため、植物はこれ以上水を失ってはいけないと判断し、気孔を閉じていきます。
3、 気孔を閉じることによって、いったんは水の損失をストップすることに成功したものの、気孔を閉じてしまったがために今度は光合成に必要な二酸化炭素を取り込むことができなくなります。
4、 本来、①で生産した水素イオンや電子はATPやNADPHというエネルギーの運び屋に姿を変えて、二酸化炭素→糖(炭水化物)の合成に貢献するわけですが、主原料である二酸化炭素が欠乏するとカルビン回路の生化学反応が緩慢になります。
5、 光が当たり続ける限り、①の光合成(光化学反応)は留まることはありません。余剰に生産されるエネルギーは活性酸素に姿を変えて蓄積していきます。これが植物細胞やDNAを攻撃し始めます。

以上、が乾燥時の植物の状態です。


活性酸素を除去してストレスを緩和する
植物を健全に育てていくには、活性酸素を過剰に発生させないことが非常に重要です。通常発生した活性酸素はSOD (Superoxide dismutase) (*1) やカタラーゼ (*2) などの酵素によって消去されます。また、グルタチオン、ビタミン類、ポリフェノール、カロテノイド類は抗酸化物質として活性酸素を分解します。バイオスティミュラント資材は植物の本来持つ生理的な力を利用して、光合成反応を正常化することによって、過剰な活性酸素を除去しストレス解消に役立ってくれるはずです。


活性酸素の除去にバイオスティミュラントを利用する
文献などを調査することによって活性酸素を減らすことのできる資材や物質を探すことができます。腐植酸の1つであるフルボ酸はポリフェノール類として活性酸素の除去機能があると言われています (*3)。海藻に含まれるフコイダンにも活性酸素の消去作用が見つかっています (*4)。


グルタミン酸など3種類のアミノ酸が結合したグルタチオンは抗酸化物質としての働きがあるほか、活性酸素の生理作用を促し植物の生育や光合成の活性化にもプラスの効果を与えているという報告もあります (*5)。アミノ酸の一種である5-ALA(5-アミノレブリン酸) を処理することによってグルタチオンやカタラーゼなどの物質が増加したという研究報告もあります (*6)。
   
また全く逆の反応として、ある種の植物共生菌は活性酸素を合成する酵素を活性化し、害虫や病原菌から守るために活性酸素を利用している例もあるようです (*7)。
バイオスティミュラントによる酸化ストレスのコントロールはまだまだ未解明の部分も多いですが、その有効利用には今後期待が高まるばかりです。


*1: SOD (Superoxide dismutase)  スーパーオキシドを酸素と過酸化水素へ不均化する酸化還元酵素
*2: カタラーゼ 過酸化水素を不均化して酸素と水に変える反応を触媒する酵素
*3: 日本フミン化学株式会社ホームページより
*4: 九州大学大学院 農学研究院細胞制御工学分野のホームページより
*5: 岡山県生物化学総合研究所 植物レドックス制御研究グループのホームページより
*6: 5-アミノレブリン酸処理がホウレンソウの光合成速度、過酸化水素の精製、抗酸化物質および活性酸素消去酵素に及ぼす影響  園芸雑 70(3):346-352. 2001
*7: 名古屋大学生命農学研究科のホームページより


※2019年2月5日現在の情報です。製品に関する最新情報は「製品ページ」でご確認ください。