アリスタ通信 バイオスティミュラントとしてのトリコデルマ菌の利用
 
 
バイオスティミュラントとしてのトリコデルマ菌の利用
 
アリスタ ライフサイエンス(株)
プロダクトマネージャー 須藤 修

トリコデルマ菌とは
トリコデルマ (Trichoderma) は、ボタンタケ科トリコデルマ属の子嚢菌の総称である。森林土壌など、腐葉土の多い環境に多く見られ、枯れ木や朽ち木などにもよく繁茂する。250種以上が認められているが、現在一部の種類は農業資材として利用される。
無性世代では緑色の胞子を形成することからツチアオカビの名で呼ばれることもある。枯れ木などに、白緑色から深緑色の塊の形で見られ、菌糸は素早く成長するため、実験室では寒天培地上を覆いつくすほど成長は旺盛である。そのような場合、他のカビの出現が制限される現象は容易に観察できる(図1)。
トリコデルマ菌とは T: トリコデルマ、
F: フザリウム

左: 対峙培養開始 48時間後

右: 対峙培養開始 1週間後
図1 フザリウム菌とトリコデルマ菌の生育速度の違い

これは、トリコデルマが他の菌との間に棲息スペースや栄養の奪い合いに勝利した結果(拮抗作用)であり、また他の菌を妨げる物質を分泌する、いわゆる他感作用の発現であるとも言われている。
そのため、時にキノコ栽培において、このカビが発生すると、キノコの菌糸の成長に害を与える。シイタケ栽培等においては害菌として扱われ、シイタケのトリコデルマ病や茎膨れ病などと呼ばれるものは、いずれもこの菌によるものである。逆に、この性質を利用し、他のカビによる病害を防ぐことも考えられる。植物病害を防ぐ目的で作物の根元にトリコデルマを接種する方法も海外では実用化されている。


トリコデルマが植物或いは生態系に及ぼす学術的価値
(1) 棲息スペースをめぐる競合
トリコデルマは、他の土壌媒介菌類よりも根の表面でより速く成長する。他の菌類が生育するより素早く成長のためのスペースを占拠する。
(2) 栄養素の競合
トリコデルマは、他の菌類が必要とする栄養源を先取りする。従って、それらの菌類の生育の機会が制限される。
(3) 他の菌類への寄生
他の菌類の周りに成長し、細胞に侵入し、死にいたらしめるトリコデルマも存在する。
(4) 発根促進と植物根圏の強化
トリコデルマは、より多くの植物の根毛を形成させることで根圏を改善し(図2)、水と栄養分をよりよく吸収できるようにする。このことにより、より均一な作物の収穫を実現する。
特に植物がストレスを受けている場合にこの現象は顕著である。
(4) 発根促進と植物根圏の強化
図2 細根の発達

(5) 抵抗誘導性
トリコデルマは植物の地上部の防御メカニズム、即ち誘導全身抵抗(ISR : Induced Systemic Resistance)を強化する。海外では灰色かび病への抵抗力増進などの研究成果もある(Tucci et al., 2011)。この現象は同時に非生物的ストレスの耐性の向上を伴う場合がある。
(6) 固定化された栄養素の吸収促進
特定の微量元素やリン酸塩などの栄養元素は、土壌に固定されやすく、植物が吸収することができない。これは特に、酸性度が高い(pHが低い)土壌で起こりやすく、リン酸塩は多くの場合、カルシウム、鉄、アルミニウムなどの微量元素と反応し、不溶性の物質を形成する。トリコデルマの施用によって、不溶性の物質を再び可溶性の物質に変化させることが知られている。

トリコデルマ菌の植物根への定着
トリコデルマは多くの根の生態系に認められる(図3)。菌根の場合と同様に、根が分泌する多糖類や植物根から排出される単糖類および二糖類が真菌の発育を促進している。トリコデルマは根を認識した後、植物に侵入しコロニーを形成するが、侵入に応答して植物が産生する毒性代謝物に耐える能力を有している。

トリコデルマ菌の植物根への定着
図3 トリコデルマ優先の根圏環境の発達
植物の防御機能の誘導
植物は元来、病原体や微生物を検出し自らの免疫機能によって、それらのストレス回避を行う能力を備えている。植物の防御機構は現在、二つの種類に分類される。1つは植物に局部壊死病斑を形成させる病原体や化合物を処理した際に、その部位から離れた未処理部位に誘導される抵抗性で、全身獲得抵抗性 (Systemic Acquired Resistance ; SAR) と呼ばれている。SARのシグナル伝達系にはサリチル酸が関与している。もう一方は、植物の根圏に生育する細菌 (リゾバクテリア) などの根圏微生物が植物の根に定着することにより、地上部を含めた植物の全身に誘導される抵抗性で、誘導全身抵抗性 (Induced Systemic Resistance ; ISR) と呼ばれているものである。ISRはSARと異なり、シグナル伝達系にはジャスモン酸とエチレンが関与している。ISRの場合は、根圏微生物の定着後に防御反応が誘導されるのではなく、その後の病原体の感染に対応できるように、プライミングと呼ばれる状態でスタンバイをしている。
トリコデルマの場合もリゾバクテリア同様ISRを有しており、T. harzianumに暴露したイモにおけるRhizoctonia solani に対する防御反応は、ジャスモン酸/エチレンに依存することがすでに確認されている (Gallou et al., 2009)。

植物生長の促進と非生物的ストレスに対する耐性
トリコデルマを含むリゾバクテリアには低温や乾燥などの非生物的ストレスによっても抵抗性が強化されることがわかってきた。越冬する越年生、多年生植物では、低温で誘導される抵抗性が高度に発達しており、晩秋になると各種のストレスに耐えられるような準備に入る。ISRによる抵抗性の獲得は病原菌によるものだけに留まらず、幅広いストレスに対する抵抗性の付与と考えられている。発根の促進も一連の反応のひとつと考えられる。

トリコデルマの農業利用の事例
トリコデルマは非常にユニークな機能を有しており、植物根への定着を積極的に行うことによって様々な農業的便益を得ることが期待できる。トリコデルマを利用したバイオスティミュラント製品「トリコデソイルⓇ」 を例にして、その効果を説明する。

有用微生物入り土壌改良資材 「トリコデソイル」
トリコデルマ ハルジアナム(T. harzianum) T-22株を製品1g当たり109胞子含むトリコデソイルは、特に栽培初期段階の発根を有意に促進し、同時に栽培期間を通じて栄養素の摂取を強化できる。根圏の育成を行うことにより、気候条件によるストレスに対する抵抗力を高め、健全な生育を助ける。
また、土壌消毒後にトリコデソイルを投入することにより、病害の発生しにくい土壌環境の維持が期待できる。
トリコデソイルの使用で、不溶態元素を植物が吸収可能な状態に変換できる。マンガンなどの特定の元素は、生育不良や着果不良を改善し、植物の耐病性の向上にも不可欠である。三価の鉄は植物が直接摂取することはできないが、トリコデソイルの施用により二価の鉄の生成を助け、植物がそれを吸収できるようになる。

「トリコデソイル」 の使用方法
トリコデソイルは、育苗と本圃の土壌灌注、点滴灌水システム、播種直後の散布で適用することができる。最適な効果を得るためには、育苗期などのできるだけ早い栽培ステージでの使用がふさわしい。製品は10a当たり250gを適当量の水に溶かして施用する。気温10~34℃、pH4~8の条件であれば、多くの種類の農業用培土および多くの作物の根で成長できる。また、製品は休眠胞子のため、保管場所は4〜8ºCの冷蔵条件下の必要がある。トリコデルマに悪影響を及ぼす殺菌剤(農薬)の使用には、細心の注意が必要である。


「トリコデソイル」 の使用事例

(1) キャベツの育苗への使用例

・キャベツのセル育苗で、発芽後に灌注処理
・トリコデソイル処理によって、定植時の発根量に明確な差が認められた。

(1) キャベツの育苗への使用例
(2) いちごでの使用例
・いちご(とちおとめ)にポット育苗(8月)、定植時(9月)、栽培中(11月、2月)の計4回トリコデソイルを灌注処理。
・栽培終了後、根張りの良さが明確であった。
  (2) いちごでの使用例
     
(3) ねぎでの使用例
・ねぎ(龍まさり)に苗箱灌注(6月)、土寄せ時灌注(9月)の計2回トリコデソイルを処理。
・トリコデソイル2回の処理により、歩留まり(m当たりの本数)が向上し、大型のねぎの収穫ができた。結果的に10a当たりの収量も増収した。
  (3) ねぎでの使用例
(3) ねぎでの使用例
 
(4)みずなでの使用例
・みずなにトリコデソイルを播種後灌水処理した。
・トリコデソイル処理により、地上部の重量が増加した。
(4)みずなでの使用例 左: トリコデソイル区 
右: 無処理区

(4)みずなでの使用例

 

まとめ
以上、農業現場に利用されるトリコデルマについて、その作用と実用効果について述べた。トリコデルマの名称はあくまで属名を指すものであり、そのグループには様々な種類が存在する。そのためどんなトリコデルマも農業場面で有効に利用できるかどうかは甚だ疑問である。特に一定の効果を得るためには、一定の菌密度が要求されるため、製剤化における菌 (胞子) の濃縮技術が要求される。また、一部のトリコデルマは病害の阻止を目的として農薬登録を取得するものもある。非生物的ストレスの緩和や栄養摂取の促進に秀でた種類 (菌種) はバイオスティミュラントとして用いられる。トリコデルマの基本的な作用を理解し、菌種の選抜によって異なる作用の資材をデザインする必要がある。

最後に微生物資材を農業に適用する場合の難しさについて述べたい。微生物資材は 「生きている」 資材であるため、その適用方法や保管・流通の条件を間違えると思うような結果を得られない場合がある。このことをよく理解して、バイオスティミュラントを上手にマネジメントする必要がある。

 

(引用文献)
Tucci, M., Ruocco, M., De Masi, L., De Palma, M. & Lorito, M. (2011). The beneficial effect of Trichoderma spp. on tomato is modulated by the plant genotype. Mol Plant Pathol 12, 341–354.
Gallou, A., Cranenbrouck, S. & Declerck, S. (2009). Trichoderma harzianum elicits defence response genes in roots of potato plantlets challenged by Rhizoctonia solani. Eur J Plant Pathol 124, 219–230.


※2020年2月18日現在の情報です。製品に関する最新情報は「製品ページ」でご確認ください。