アリスタ通信 有機リン殺虫剤、トクチオン(プロチオホス)の特性と殺虫剤の抵抗性対策 なぜ現在も効果が高いのか?
 
 
有機リン殺虫剤、トクチオン(プロチオホス)の特性と殺虫剤の抵抗性対策
なぜ現在も効果が高いのか?
 
作物保護剤コンサルタント 医学博士
下松 明雄 (元 日本特殊農薬 企画部長)

農業に有機リン殺虫剤が使用され始めてから80年、トクチオンも既に50年近くになる。初期に使用された有機リン殺虫剤は、哺乳動物に対して毒物として知られていた有機リン化合物のグループの中から、比較的毒性が弱く、特に農業害虫に対して殺虫力の高いものが選び出されたものである。

開発された有機リン殺虫剤は、種々の重要害虫に対して圃場での防除効果は抜群に優れ、農業用合成殺虫剤として画期的なものであった。その後は次々に低毒性の有機リン殺虫剤が開発されていくが、トクチオンの誕生以前に開発された低毒性の化合物はいずれも哺乳動物では肝臓で分解解毒できるが、肝臓を持たない昆虫は解毒できない、いわゆる動物間の選択毒性を基本にしていた。

トクチオンは有機リン殺虫剤ではあるが、いもち病に効果のある有機リン殺菌剤の探索研究の中から、菌には全く効果がないが、特異的に殺虫活性の高い化合物群を見出し、その中からトクチオンを選抜していた。したがって、この新型有機リン殺虫剤はトクチオンだけでなく、全ての化合物群が哺乳動物に対して低毒性を示している。また、ほとんどの害虫に有効であり、種類間で殺虫力の差が少ない特性も示していた。さらに、昆虫類だけでなく、ダニ類や線虫類に対しても効果があることが判明した。有機リン殺虫剤は繰り返し使用されているうちに、害虫も分解解毒力を遺伝的に獲得した系統が出現し、薬剤の効果が著しく低下する。また、その代替の有機リン殺虫剤に対しても同じように抵抗性系統が出現してくる。

トクチオンの発明以前に市販されたほとんどの有機リン殺虫剤に対して分解解毒力を獲得した、あるいは皮膚の透過を低下させた防除困難な抵抗性害虫が出現していた。さらに、有機リン殺虫剤は神経伝達に重要な役割を果たしている酵素(アセチルコリンエステラーゼ)の阻害で殺虫力を発揮しているが、その作用点である酵素が阻害されない変異型酵素を獲得した抵抗性系統も出現する。するとその系統に対して全ての有機リン殺虫剤の効果が低くなる。

トクチオンが開発された時期には、この有機リン殺虫剤の作用点の変異を原因とする抵抗性害虫も出現しており、その害虫の防除が全く困難な状況となっていた。トクチオンの殺虫力は分解解毒などによる高い抵抗性害虫に対しては若干の影響を受けたものの、作用点の変異型酵素を阻害したので、感受性と同様に高い殺虫効力を発揮した。残効性にも優れており、従来の薬剤を対照とした圃場試験では抜群の防除効果を示した。販売当初は、日本だけでなく、海外も既存の有機リン殺虫剤に抵抗性を示す害虫を対象に使用されていた。

トクチオンの開発を追いかけるように新しい作用性の合成ピレスロイド剤が農薬の分野に登場してきた。古くから天然ピレスロイド剤は蚊取り線香として知られており、除虫菊剤は農薬としても使用されている。戦後はピレスロイドの合成研究が進み、防疫用殺虫剤としていくつかの剤が開発されていた。しかし、農業用は防除効果が不満足、製造困難、価格が高いなどが理由で開発されていなかった。

パーメスリンの開発で防除効果は抵抗性害虫をふくめて既存の殺虫剤より優れ、また安価に製造出来る中間体が発明されてから製造の問題も解決する。以後、世界的に研究開発競争が始まり、農業用に数多くのピレスロイド剤が市販されるようになる。この陰に隠れて新型有機リン殺虫剤の研究開発は先進国ではほとんど行われず、市販された薬剤は少ない。国内外で使用された面積は少なく、効力が低下した害虫が出現しても局所的であり、研究課題にもされず、現在まで生き長らえてきたのが現状と言える。

全盛期のピレスロイド剤も作用点に抵抗性を獲得した害虫が出現すると、すべてのピレスロイド剤が交差抵抗性を示すようになる。しかも、合成ピレスロイドに続いて、新しい作用性のネオニコチノイドの探索研究が世界的に始まっていた。浸透移行性があり、残効性にも優れ、ピレスロイド剤とは異なる作用性と生物活性を示していたので、ピレスロイド剤の抵抗性系統の出現と共にその代替剤として世界的に急速に普及していった。その後、このネオニコチノイド剤が殺虫剤の主流となって現在に至っている。

トクチオンもいくつかの害虫に抵抗性系統が出現しているが、分解解毒、皮膚抵抗性が原因と思われる。現在も使用可能なのは、他剤が使用されている間に効果が復活したのであろう。また、作用点の抵抗性系統の害虫は未だに出現していないのも重要な理由かもしれない。

トクチオンが開発された頃は、日本は栽培している作物の種類が多く、またどの作物にも防除が必要な害虫の種類が多く発生していた。しかもトクチオンのように一薬剤で同時に多種の害虫に防除が出来る薬剤が求められていた。しかし、トクチオンを始めとする新型有機リン殺虫剤は寄生蜂などに対する影響は少なく、合成ピレスロイド剤で起こるリサージェンスは報告されていない。

現在は、世界的に防除が必要な害虫の種類は激減しており、したがって、主要な害虫のみ防除可能で、天敵昆虫などに影響のない、いわゆる環境にやさしい薬剤が求められている。しかし、人類と害虫の生存競争は将来も続いており、薬剤抵抗性害虫の出現は避けられない。そのための対策として、新しい作用性の薬剤の開発が求められているが、作用性の異なる薬剤のローテーション或いは混合による使用が長期的に有効な方法として知られている。

トクチオンの将来は、この抵抗性害虫の出現を抑制する対策の方法としてローテーションに使用される薬剤或いは混合剤、混用のパートナーとして役立たせることであろう。

(一部改変 編集部 和田)


※2022年5月16日現在の情報です。製品に関する最新情報は「製品ページ」でご確認ください。