アリスタ通信 複合病の生物的防除を目指して
 
 
複合病の生物的防除を目指して
 
帯広畜産大学 畜産フィールド科学センター 小池 正徳
帯広畜産大学 環境微生物学研究室 坪内 春太

1. はじめに
栽培植物はその一生の全期間を通して数々の病原体に侵される。地下部に感染が起こればその部分に病巣が温存されたまま進展する。しかも病原体が複合汚染している圃場ではそれぞれの病気が重なって病徴は激しくなる。連作障害などはそうした状況の下で起こるよい例である(平野,1993)。しかし、病原体同士の競合が起こるなどの作用が関与するので発病が必ずしも増大するわけではない。もちろん、土壌中の要因が複雑に絡み合うことによって病状が激しく表れる場合もある。複数の病原体による複合病において、植物寄生性線虫と土壌伝染性病原菌(Fusarium属菌やVerticillium属菌)の組み合わせがもっとも顕著な例である(平野,2011;佐藤,2014)。この複雑な複合病を何とか生物的防除を利用して被害を低減できないかというのが本論考の狙いである。

2. 複合病とは
複合病とは2種類以上の病原体が植物に作用し病気を引き起こすことである。かなり古くから被害が報告され、研究例が多いのは植物寄生性線虫と土壌伝染性病害である(平野,1993)。ジャガイモには世界的に 「Potato Early Dying」 という恐ろしい病害があるが、これは土壌伝染性菌類のVerticillium dahliaeとキタネグサレセンチュウとの複合病である(Wheelerら,2019)。不思議なことに、日本にはV. dahliaeもキタネグサレセンチュウもそれぞれ単独でジャガイモの被害報告があるのに、いまだ 「Potato Early Dying」の報告はない。しかし、日本でも今後警戒しなければならない。
線虫とその他の病原体による複合病には、線虫と他の病原体との混合感染による直接的な相互作用に起因する真正複合病 (true complex)、線虫の植物体への侵入によって他の病害との間接的な相互作用を生じ病態に変化を示す併発性複合病 (dual complex)、線虫の植物体への侵入に伴い不特定病原との日和見感染による相互作用によって引き起こされる不定性複合病 (indefinite complex)の3種類があるとされている(平野,1993)。植物寄生性線虫とFusarium属菌、Verticillium属菌の組み合わせが典型的な真正複合病の例と言われている(平野,2011;佐藤,2014)。

3. 植物寄生性線虫に対する微生物の影響(特にシストセンチュウとネコブセンチュウに対して)

図1 植物寄生性線虫の生物的防除に有効な微生物群 (Toplovi?ら,2020を改変)
図1 植物寄生性線虫の生物的防除に有効な微生物群  (Toplovićら,2020を改変)

植物寄生性線虫に対して有効な作用を持つ土壌中に存在する微生物を(図1)に示した。たとえば線虫捕獲菌は粘着性の菌糸トラップを形成し、昆虫寄生菌や細菌類は胞子を利用し、卵・雌成虫寄生菌は菌糸の先端を利用し、線虫の侵入から植物を守るために毒素等を生成する。これらの微生物の個々の作用は次第に明らかになってきていし、微生物資材もいくつか実際に使用されている。近年、次世代シークエンス技術を駆使して、土壌や根圏微生物相が植物寄生性線虫の能力を左右することが明らかにされつつある。したがって、土壌、植物の根圏および植物寄生性線虫の異なるライフステージに関連するマイクロバイオームを詳細に理解することで、植物寄生性線虫の食害を制御し、土壌伝染性病害の発生も抑制し、作物の生産性を高めるための持続可能な微生物コンソーシアムを合成することができるようになるかもしれない(Toplovićら,2020)。
また、図2に示したように土壌中や根圏土壌中では線虫に作用を及ぼす微生物だけではなく、植物病原菌や他の微生物も存在し、それらの微生物と線虫に作用を及ぼす微生物の相互作用 (寄生、拮抗、競合など) に加え植物からの滲出液、孵化促進物質や揮発性物質等も考慮すると植物-線虫―土壌微生物間でかなり複雑なコミュニケーションが存在する(Toplovićら,2020)。
図2 植物根圏のミクロバイオームとネコブセンチュウとシストセンチュウの間の地中でのコミュニケーション(Toplovićら,2020を改変)

これらを考慮した場合、ミクロバイオームの研究成果で得られた培養可能な微生物群を植物の根圏に定着させるための微生物カクテル剤等の開発等も考慮しながら植物寄生性線虫や土壌伝染病の被害を抑制していくのが一つの対応策になるかもしれない。

4. 微生物を利用した複合病の防除の試み
現在、線虫害や複合病の防除には、連作/対抗作物の利用、汎用燻蒸剤、土壌還元消毒法などを利用しセンチュウの密度を低下させるIPMの技術はすでに多くの農家が利用している(水久保,2018)。またネコブセンチュウに対してはパスツーリアなどの登録された微生物農薬やネコブセンチュウ、シストセンチュウ、ネグサレセンチュウに対しては農薬未登録の線虫捕捉菌を含んだ資材等が販売されている。しかし、これらの資材はとても効果なのでもう少し大量生産できるようになり価格が下がれば利用されるようになるだろう。
昆虫病原性細菌Bacillus thuringiensis (以下BTと略す)は昆虫や節足動物に毒性を持つだけでなく植物寄生性線虫や植物病原菌 (細菌、糸状菌)に対しても生育抑制を示すことが最近明らかになってきており (特に染谷ら,2022年の総説が詳しい)、昆虫寄生性菌類のようにデユアルコントロールのための資材としての登録の機運が高まっている。
著者らはBTを用いて、トマト萎凋病に対する抗菌作用やトマトの根圏にBTを定着させることによってトマト萎凋病 (病原菌Fusarium oxysporum f.sp. lycopresici) の発病を抑制することを報告した (Qi ら,2016)。さらに、育苗時にBTに定着させた後、Fusarium汚染土、サツマイモネコブセンチュウ汚染土、Fusariumおよびサツマイモネコブセンチュウ混合汚染土 (複合病想定)に移植し4週間後の外部病徴、内部病徴、ゴール形成指数等を測定したところ、BT処理区はいずれも発病や被害程度が接種対象区と比較し優位に抑制された (図3~5、未発表)。


これらのBTのうち、植物病原菌のFusarium oxysporumに対して強い拮抗性を示すものもあれば、拮抗性を示さず植物体に全身抵抗性を誘導する株もある。また現在サツマイモネコブセンチュウに対しては結晶タンパク質 (Cry毒素)、揮発性有機化合物 (VOCs)やキチナーゼなどが作用するとされている(Ahmadら,2021)。もちろん植物に線虫が作用した時にも様々な物質が相互作用で出てくることもわかってきた。基礎研究がどんどん進んでいるのでその成果をもとに新しい防除法が見つかるかもしれない。
ただ実際の防除にあたっての大きな問題は、トマト根圏にどのようにBTを定着させればよいのかということである。この定着能力や内生菌としての特性は微生物育種で解決できるのではなかろうか。日本では遺伝子組み換えはいまだ受け入れられていないので、ゲノム編集か伝統的な選抜法で実施可能である。



また現在、直接的ではないが、緑肥を利用したシストセンチュウの密度低下を試みている。緑肥(エンバク) の種子にBTをまぶし、生育期間中に土壌中のエンバク根圏および内生菌として生育させ、すき込み土壌中のBTの密度をあげシストセンチュウの密度を抑制させるという考えのもと、カネコ種苗株式会社とアリスタ  ライフサイエンス社と共同研究を実施している。その成果については次回機会があれば報告させていただきたい。


5. おわりに
ネコブセンチュウやシストセンチュウを実験材料にするようになってから、学生時代もっと色々勉強しておくべきだったと思うこの頃である。複合病のパイオニアである平野 和弥大先生は、私の博士学位論文の主査であり、私が千葉大の院生時代、実験室でこつこつとネコブセンチュウの研究を遂行されていた。その横で私はひたすら希釈平板とシャーレ洗い(当時はディスポのシャーレなんて高くて使用できず、ガラスのシャーレを新聞紙でくるみ乾熱滅菌にかけ使用していた。実験時間の半分以上はシャーレ洗いだったような気がする)と顕微鏡でトマト導管のタイローシスをカウントしていた。平野先生には実習でベールマン等の手法は学んだが、もう少し線虫の取り扱いを教わっておけば良かったと後悔している  (平野先生大変不義理をはたらいてすいません)。
これらの研究は北海道大学・浅野 眞一郎教授、帯広畜産大学・相内 大吾准教授、北海道農業研究センター・串田 雅彦博士のご協力のもと行った。ここに感謝の意を表す。さらに現在実用化を目指して共同研究を実施しているカネコ種苗株式会社、アリスタ ライフサイエンス株式会社に御礼を申し上げる。

6. 引用文献
Ahmad et al (2021) Antonie van Leeuwenhoek 114: 885–912
平野和弥 (1993) 日植病報 59: 233-236
平野和弥(2011)フザリウム―分類と生態・防除-、p.305₋316 
水久保隆之(2018)関東東山病害虫研報 65:1⁻13
Qi et al (2016) Int J Environ Agric Res 2: 55-63
Topalović et al (2020) Front Microbiol 11: 313
佐藤恵梨華(2014)土と微生物 68:21-26
染谷信孝ら(2022)土と微生物 76:16-25
Wheeler et al (2019) PLoS ONE 14(2) : e0211508.



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