| 1.普及における問題点と成功要因 
 天敵農薬が日本で商品化されたのは1990年代初頭であり、その後多数の天敵農薬、微生物農薬が製品化された。しかし、これらすべてを合わせた売上は2005年時点で約20億円であり、広く普及展開が成功しているとは言い難い状況にある。では、何故天敵農薬、微生物農薬を中心とする生物農薬は現在に至るまで、面としての広がりを見せなかったのかを考えてみると、以下のような点があげられる。
 
 
 
  
    | ① | 製品ラインアップは充実したが、その利用のためのノウハウ(ソフトウェア)の開発が十分になされていない。 |  
    | ② | ノウハウの確立されたものでも難しかったり、煩雑だったりで、生産者が簡単に利用できるものではない。 |  
    | ③ | 効果自体についても、化学農薬に比べては不安定であり、一度生物農薬を使用した農家でも化学農薬に戻ってしまうことが多くみられた。 |  
    | ④ | 処理コストが化学農薬に比べてかなり高く、またIPM利用の作物が高く売れるメリットもあまりないことから、あえて生物農薬の利用に踏み切る理由が見つからない。 |  
 一方、一部の県、地域においてはこれらの問題がかなり解決され、IPMの普及が面としての広がりを見せている例もある。
 宮崎県や高知県での成功例をみると、成功要因としては以下のような点があげられる。
 
 
 
 
  
    | ① | カリスマ的な指導者が存在し、普及指導員に対する教育が行われ、さらに前線に立つ普及指導員が強い熱意を持って農家の指導にあたっている。 |  
    | ② | IPMという言葉を大上段に振りかざすのではなく、省力化であるという理由とか殺虫剤抵抗性対策というような、農家にとってより身近な部分における問題提起から生物農薬の導入が始まっている。 |  
    | ③ | 最初から難しくて、煩雑な技術を導入するのではなく、農家が受け入れられる部分から段階を踏んだスキームを実施している。 |  これらの要因がどの地域でもクリアできる訳ではない。とくに強い指導力を持った指導者の存在がもっとも重要な要因のひとつとなっていることを考えると、他の地域でのIPM普及の成功は、普及指導員の方々の力なくしてはあり得ないとも言える。
 また、よりシンプルで易しい普及技術の確立がIPM普及の広がりのためには不可欠であるとも言える。
 
 2.生物農薬の機能に基づいた役割付けこれらの事実を踏まえ、広い地域でIPM普及を成功させるための要因は何なのかを考えるにあたり、その障壁となるのは、生物農薬がその用途によって分類されていないことであった。種々の天敵農薬や微生物農薬が存在するにもかかわらず、それらが渾然一体となって農家には認識されており、農家がIPMを難しいものと理解してしまう一因ではないかと思われる。そこで、生物農薬の機能による分類を以下のように行なった(第1表)。
 
 
 (1)基幹防除多食性天敵を定植直後から代替餌もしくはバンカー植物で世代更新、密度増加を行ない、天敵の数を害虫発生前に高めておくことで効果の安定性と処理コストの低減化につなげる防除方法。防除対象と利用できる天敵の種類として、①アブラムシ防除用のアフィパール、アフィデント。②ハダニ防除用のスパイカル。③アザミウマ防除用のククメリス等がある。近い将来上市を予定しているスワルスキーカブリダニは、コナジラミ防除(トマト除く)、アザミウマ防除での基幹防除剤として有望視している。
 
 (2)補完防除多食性天敵による待ち伏せ防除に際して、効果補完のために微生物農薬を害虫初発直後に葉面上に散布し、菌体が葉面をカバーすることで、待ち伏せ防除天敵の効果を補完する防除方法。基幹防除と関連して、アザミウマ、コナジラミ防除において、ボタニガードES(500~1,000倍)、マイコタール(1,000倍)の利用、アブラムシ防除でのバータレック(1,000倍)等がある。
 
 (3)臨機防除選好性が強く、標的とする対象害虫のみしか捕食しないが、捕食能力が強いため、天敵を害虫発生後に放飼し防除を行なう方法。アザミウマ防除におけるタイリク、ハダニ防除におけるスパイデックス、コナジラミ防除におけるエンストリップ、エルカード、タバココナジラミ防除でのベミパールがある。
 
 (4)レスキュー防除天敵および微生物農薬による防除実施にもかかわらず、害虫の増殖が止まらない場合に、天敵に影響の少ない化学農薬を散布することで、いったん害虫密度を下げ、天敵が活動できる状況を再現する方法。従来言われているリセットとは明確に異なるコンセプトである。天敵に影響の少ない化学農薬の1例として、①アザミウマ防除:マッチ乳剤(2,000倍)。②ハダニ防除:マイトコーネフロアブル(1,000倍)、ダニサラバフロアブル(1,000倍)。③アブラムシ防除:チェス水和剤(3,000倍)。④コナジラミ防除:チェス水和剤(3,000倍)、カウンター乳剤(3,000倍)が考えられるが、使用にあたっては十分注意する必要がある。
 
 (5)生物農薬防除体系の概念前述した各防除を組み合わせ、栽培の初期から天敵の増殖、定着を促進させるための各種作業について基幹防除を基本として第1図に示した。
 3.生物農薬の普及における課題この分類をベースにして、将来IPMが全国に広く普及するための成功要因は何なのかを検討し、以下のように整理した。
 
 
  
    | ① | スケジュール防除を基本として、農家に受け入れられるシンプルで易しい防除プログラムを提案できること。 |  
    | ② | 散布労賃を含めての処理コストが、化学農薬による慣行防除の場合と大きく違わない防除プログラムを提案できること。 |  
    | ③ | 複数の生物農薬(天敵農薬+微生物農薬)の組み合わせにより、安定した効果を担保できる防除プログラムを提案できること。 |  
    | ④ | スケジュール防除の根幹を成す、待ち伏せ防除のための天敵代替餌や、バンカー植物の利用技術を確立できること。 |  
    | ⑤ | 天敵に影響のない薬剤および濃度を明確にし、化学農薬の生物農薬に対するレスキュー防除(リセットではない)という概念を確立、普及できること。 |  
    | ⑥ | 物理的防除資材の各種組み合わせとハウス内部への害虫侵入割合を明確化し、物理的防除資材による効率的な防除プログラムを提示できること。 |  
    | ⑦ | 循環扇の24時間稼動による病害発病抑制効果と、それによる化学農薬(殺菌剤)削減効果を明確化できるとともに、生物農薬による病害防除についてより安定した効果を担保できるプログラムを提示できること。 |  
 これらの成功要因を具現化するのにはかなりの労力を必要とするであろう。しかし、全国農業改良普及支援協会、各地域の普及センターおよびJA、関係するメーカーが協力し、各地域での実証圃試験を通じた普及技術を確立することで、これら成功要因を具現化していくことは可能であると確信している。
 
 4.IPM実証試験の現状このようにIPMプログラムの実践を、点から面に展開していくためには、解析した要因をより易しい技術に落とし込むことと、どうしても受け入れられない技術は切り捨てて、代替技術を確立していくことが重要であると考える。IPMプログラムに利用する資材を提供している各社が提携した「IPM普及技術研究会(注)」は、組織として各地域の作物、作型に最新の技術を提示し、第2表に示す取り組みを行なっている。
 同じ資材の利用でも地域・作型によって利用しやすい時期や、逆に普及困難な技術もあり、それぞれの栽培管理において、地域におけるプログラムの策定を推進しているところである。
 この中で既に必要性が認識され、地域の技術として取り上げられたものとして施設栽培作物でのホリバー(黄色粘着板)による害虫のモニタリング、イチゴのハダニ防除でのカブリダニを利用したスケジュール防除がある。
 また、近い将来普及段階に移されるものとしてはバンカー植物利用によるアブラムシ防除があげられる。
 
 
 
  
    | 注) | IPM普及技術研究会は、「天敵・微生物農薬」等を使用した減農薬栽培だけでなく、微小害虫の侵入や病害予防、快適な栽培環境整備に必要な「防虫ネット」、「循環扇」、「光反射シート」等総合的手法の普及のために、アリスタライフサイエンス(株)、丸和バイオケミカル(株)、日本ワイドクロス(株)、(株)山本産業の4社によって設立され、(社)全国農業改良普及支援協会のシステム化研究会のIPM実証調査のサポートを行なっている。 |  
 
 5.普及のための防除プログラムフローチャートIPM・減農薬栽培は、今後の農作物栽培に重要であると感じているものの、天敵や微生物農薬の利用は難しいと思っている農家が多い。天敵が働きやすく、微生物農薬が効果を発揮しやすい環境にするためには物理的、耕種的手段による環境整備、化学農薬によるレスキュー防除等、多くの技術の組み合わせが必要である。農家や普及指導員の方々により易しく、分かり易くするためには、栽培開始からの作業にあわせたフローチャートに沿ったプログラムの提示が適切であると考えている。
 現在、トマト、イチゴ栽培に関して (社)全国農業改良普及支援協会と各県担当者と実証試験結果に基づき各地域、作型でなるべく分かりやすいフローチャートを作成し、IPM作物マニュアルとして普及指導機関に配布しており、それぞれの生産現場で地域の病害虫発生に適合した技術の確立に役立っている。
 
 6.今後の活動化学農薬の使用に立脚した病害虫防除からの脱却と、消費者への食の安心、安全に応える新しい技術として、IPM防除技術は今後いっそう広まると思われる。我々IPM資機材メーカーは、特に天敵、微生物農薬の使用がまだピンポイントでしか普及していない現状から、地域、産地、部会全体で利用できるために活動を推進している。IPMプログラムに沿ったスケジュール防除は、今後の日本農業全体に貢献していくものと考えている。
 
 
                       
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                        | 第1表 | 防除技術のカテゴリーに対応する生物農薬の機能による分類 |  
                     
                       
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                        | 第1図 | ナス、ピーマンでの基幹防除を基本とした生物農薬防除体系概念図 |  
                     
                       
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                        | 第2表 | 2008年に実施している(社)全国農業改良普及支援協会(システム化研究会)を通じたIPM実証試験一覧 |  
					
 (アリスタ ライフサイエンス(株))
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